ちょっと発表


小田原市最北部の小田高通学エリヤより
2018.05.05
5組  中村 毅

 5組は、小田高11期の中でも地味な存在であり、ホームページ「小田原高等学校第11期(Web11)」も2013.07に中津川泰司さんが暑中見舞いを投稿して以来ずっと投稿をご無沙汰してきました。私自身も文才が欠如して文章を書くのが大苦手ですので、ずっと出稿を辞退しており、Web11の前身である「小田高11期生通信」の時代に、昨年亡くなった吉田明夫編集長から要請があった時も丁重にお断りしました。私に投稿実績が1件あるというのは、その時に吉田さんが、我々が参加していた小田原フィルが1968年発行した創立10周年記念誌の中の私の文章をアレンジしたものだったのです。

 そんなところに「5組からも投稿を」という要請が、これも文章作成がお好きでない村田さんと私の5組幹事コンビにあったので二人は大戸惑いしてしまいました。そして、「自分が住んでいる鶴巻には取り立てて書くことがないから‴今昔の差が大きい‴飯田岡のことを書いたら」とお鉢が回されてきたので自主投稿歴のない私は大弱りです。ともかく、居住している飯田岡地区について一筆してみますので軽くお読み流しください。

 5組と全く同じく飯田岡駅も目立たない駅で、小田原駅から大雄山駅まで13駅ある大雄山線の中間(小田原駅から5駅目、大雄山駅から6駅目)に位置しています。1日当たり乗降客数も13駅中7位で目立ったものではありません。改めて「飯田岡」の地名の由来を調べてみたのですが、「飯田神社」とかかわりがあるのかなと思えるだけでほとんど分からない状態です。恐らく、あまり大きな歴史的事実とは無関係で、近隣の栢山や久野などとともに、いつの間にか村落ができて農耕生活が営まれてきたものと思われます。

 ‴今昔の差が大きい‴と言われるのは、平成7年に小田原フラワーガーデンが開設されたからで、これにより大雄山線の西側の部分が様変わりになっており、久方ぶりに訪れた人を驚かせています。小田原フラワーガーデンがあるのは、行政区分としては久野なのですが、最寄り停車場が飯田岡駅となっており、ここから徒歩20分くらいで小田原フラワーガーデンに行くことができます。我が家は親父の代から飯田岡に住み着いており、すっかり飯田岡っ子になってしまっていますが、ここでの住み心地はなかなかのもので、その住み心地の良さは、その後平成18年に小田原フラワーガーデンの近くに「おだわら諏訪の原公園」も開設されたのですが、少しもそこなわれていません。

 小田原フラワーガーデンでは季節によってとりどりの花を見ることができますが、現在は薔薇のシーズンで、下の写真のような光景を楽しむことができます。「小田原フラワーガーデン」や「おだわら諏訪の原公園」に来られながら、飯田岡界隈を散策され、「小田原市最北部にはこんなに静かな小田高通学エリヤがあったのか」ご感得いただけたらと思っています。

 日頃は地味な5組ですが、総計77名の参加申込者があった昨年の「小田高11期生喜寿を祝う会」(2017/11/11)では、クラス別最高級のエントリーを得ました。クラスメンバー一同のホームページ「小田原高等学校第11期(Web11)」に対する関心度を一層高めるとともに、そのうちの有志が気軽に投稿できるよう仕向けていきたいと思っています。今後ともよろしくお願いします。