ちょっと発表



   魚名魚字 Part 1 2014.11.04      3組 佐々木 洋

 4組の吉田さんが自ら投稿された「ネイラカマスとカラスミ」はとても楽しくて面白い記事でしたが、一方ではチョッピリと“寝首をかかれた”思いがするものでした。実は「御名御璽」をモジッた「魚名魚字」なる原稿を投稿しようとかねがね考えていて一部準備していたからです。
 アメリカ人は、日本人が「ロース」、「サーロイン」、「フィレ」などをひっくるめて「肉」と表現するということを知ったら「なんと家畜に対して無神経な奴らだ」と思うことでしょう。逆に私はその昔アメリカに出張した際に昼食に供された魚の名前を聞いてみたところ、ウェイターがブッキラボーに”A kind of whitefish.”と答えたのに対して“義憤”を感じ、同じ「白身の魚」でも「タイ」、「ヒラメ」、「カレイ」、「タラ」などと魚名を細かく言い分ける日本語は素敵だなと思いました。また、日本語では、魚偏と、他の意味を持つ漢字を組み合わせた会意文字を、中国原産の漢字ではなく「国字」として“発明”したりして、それぞれに「鯛」、「鮃」、「鰈」、「鱈」という情緒ある「魚字」を充てています。
 取りあえず吉田明夫さんの「ネイラカマスとカラスミ」に対する“返歌”として、この「魚名魚字Par1」をお贈りします。吉田さんと同様な先覚者も多いと思いますので、“我こそ“はと思われる向きは、どしどしと「魚名魚字Par2」以降に乗り込んできてほしいと願っています。


 カマスさまざま

 私自身が釣りキチ度では人に負けないヘッポコ釣り師であるとともに、生魚食い人間(raw fish eater)としても人にひけをとらないと“自負”していましたので、吉田さんの「カマスは生か干物だと思っているので、塩焼きにしても旨くは無い。」という一言は聊かショックでした。私は、ウィキペディアにあるように、「肉は白身で淡白だが、生では“水っぽく柔らかい”ため、刺身で食べられることは少ない。ほとんどが干物・塩焼き・から揚げなどに加工される。」と信じ込んでいました。 

 しかし、改めてインターネットを検索してみると、「市場魚介類図鑑」http://www.zukanbouz.com/suzuki/kamasu/akakamasu.htmlに「塩焼き材料として高級」としながら「“近年では”寿司ネタとしても使われている」とありました。やはり、吉田さんが先覚者であるのに対して、私が“近年”事情に疎い時代遅れだったのでしょうか。

 実は、2〜3年前に大磯漁港内にある「メシヤ」で出されたカマスの刺身を古稀過ぎにして初めて食し、そのうまさに感動したことがあります。しかし、その後は同様な機会に恵まれなかったので、「カマスが刺身で食べられるのは漁港周辺での獲りたてだけ」と思い込んであきらめていました。ところが、つい先日(10/29)、小田原でのテニスの帰りに国府津の「ロピア」に立ち寄ったところ、「小田原朝獲れ・刺身OK」という謳い文句のあるカマスを発見。小躍りして買い込んで持ち帰り、「これが幻のカマスの刺身」と豪語して夕食の卓に載せました。そして数秒。我が家のカミ様(私には吉田さんのように「カカア」呼ばわりする勇気がありません)の口をついて出た言葉は「決して不味くはないけれど」というものでした。確かに、ウィキペディアにあるように“水っぽくて柔らく”、かつて大磯漁港内にある「メシヤ」で感動したカマスの刺身とは月とスッポンものでした。

 そんなところに、吉田先覚者殿の“大磯つながり”の魚名御璽「ネイラカマスは、西湘地域特有の名称で、おそらくは大磯周辺の漁場に“ねいらん深み”と呼ばれる一帯があり、そこで良く釣れた(漁獲された)ことから名付けられたと考えられている」があり、ようやく「カマスなら何でも良いというのではなくて、ネイラでなくちゃ」と思い知らされました。「数日前市内の回転寿司に孫を連れて行ったら、そこにもネイラカマスが置いてあった」とのこと。私も小田原市内の回転寿司にカミ様を連れて行かなくちゃと思っています。

 ところで、「カマス」の英語魚名は「バラクーダ(Barracuda)」で、吉田先覚者殿が「ネイラカマス」の正式魚名とされている「アカカマス」も”Red barracuda”になっています。しかし、私のようなヘッポコ釣り師にとっては雲の上の存在に近いゲームフィッシュの「バラクーダ」は、正式には「オニカマス(Great barracuda)」と呼ばれる全長180cmに達する大型種で、泳ぐスピードは時速150km級ですから、読売ジャイアンツの内海、杉内などの投げるヘナチョコボールのスピードとは月とスッポンです。しかし、産地によってはシガテラ毒(シガトキシン)を持っていて「煮ても焼いても(もちろん刺身でも)食えない魚」ですのでご用心。

 なお、「カマス」の魚字としては魚偏を用いない「叺」があります。「叺(かます)」とは、長方形の筵(むしろ)を二つ折りにして袋状にしたもので、この叺のように口が大きいし、「カマス」に合った特別な意味をもった文字が思い当たらないので、魚偏を用いた会意文字を作るのもメンドクサイからそのままこの字が充てられたようです。魚偏を用いた「魳」という魚字もあるようですが「帀」は「師」の略字ですから、もっとメジャーな「鰤」と間違えられてしまいそうです。私たちが幼少の頃、石炭やコークスの収納にも使われた叺も今やほとんど身に回りでは使われなくなっています。そんな時代遅れの叺の字を当てられるのも気の毒ですが、元はと言えば自業自得で、「我々はこういう個性を持っているんだ」と強く主張していないカマスが悪いのです。


 カラスミ、ついでにボラの話

 東芝から三井系企業の集う三井業際研究所に出向していた頃のランチタイムに、「どうして日本にはカラスが多いんだろ?」「うん、カラスを食べないからかな」という問答があり、ここから「カラスのおいしい食べ方を考え出して提案する“カラスミ・プロジェクト”を立ち上げたらどうだろうか」というショーモナイ話が出たことがあります。「カラス(烏)のミ(身)」ですから“カラスミ・プロジェクト”の名も詐称ではないのですが、江戸時代から、越前国のウニ、三河国のコノワタとともに、日本の三大珍味と呼ばれている肥前国の“からすみ”は、「カラ(唐)スミ(墨)」で、一説によると、肥前国の名護屋城(現在の佐賀県唐津市)を訪れた豊臣秀吉が、これは何かと長崎代官・鍋島信正に尋ねたところ、洒落で「唐墨」と答えたことに由来するという由緒正しい(?)語源があるのだそうです。吉田さんも記されているように、カラスミの主原料はボラ(鯔)の卵巣で、これを塩漬けし、塩抜きした後に、「唐墨」(中国伝来の墨)状に固くなるまで天日干しで乾燥させたものですから、豊臣秀吉が洒落を介していなかったなら珍味カラスミも日本の三大珍味に列することができたかどうか疑問です。

 魚名の「鯔」は、中国語でも日本語でも意味は同じ「ボラ」のことですが、音読みでは「シ(呉音・漢音)」なのに対して、訓読みではその成長過程に合わせて「いな、ぼら、とど」と呼び分けられることから「ボラは出世魚」とされています。幼名の「オボコ」は、子供などの幼い様子や可愛いことを表す「おぼこい」の語源 と言われて、これが成長した「イナ」は、若い衆の髷(まげ)の青々とした剃り跡がイナの青灰色でざらついた背中に似ていることから「鯔背(いなせ)」という言葉を生みだしています。更に、成長の最終段階にある「トド」は、これ以上大きくならないことから「鯔の詰まり(とどのつまり)」という言葉に用いられています。 

 トドはボラが成長して老境に達したものですので、魚字は魚偏に老で「鮱」となり、魚名も訓読みで「おおぼら」と読まれることがあるそうですが、中国でもボラの魚字は「鯔魚」となっているようです。ここに魚偏と組み合わされている「 甾」という字は「ほとぎ:酒や水などを入れた、胴が太く口の小さい土器」意味ですから、ボラの形状を模してできた漢字ということになりそうです。

 なお、吉田さんは「ボラ(鯔)が産卵のため海岸に近づいて来たのを捕まえて卵巣だけを取り出し本体は海へ捨てていたらしい」と伝え聞きを紹介されていますが、“ボラの名誉のため”一言書き添えます。ゴカイ、イソメなどの多毛類が産卵のため川底の泥地から這い出て水面を浮遊する状態のことを「バチ抜け」と言いますが、泥地に住むゴカイ、イソメを好んで食べる「地ボラ」は確かに泥臭く、「本体は海へ捨てられて」も仕方のないものですが、水のきれいなところで生育する「沖ボラ」、特に脂の乗った「寒ボラ」は刺身にした姿も美しく「ネイラカマスもかくや」の絶品です。惜しむらくは「ボラは泥臭い」という“風評被害”により価格を下げて販売しなければならないため、店頭に並ぶことが少ないのが残念なのですが、稀有の機会がありましたらどうぞボラを不公平に差別することなく賞味してみてください。私が決して「オオボラ(鮱)をカマス(叺)」人間ではないということをご理解いただけると思います。

以 上