ちょっと発表





 地理滅裂・神奈川の地形論 Part1

2015.04.14   3組 佐々木 洋

湘南平は何故“平”なのか


 平塚市博物館で行われていた「地球科学入門講座」のある日、講師の森慎一先生(平塚市博物館の地質担当学芸員)が突然、「“湘南平”と命名したのは当時の平塚市長であった戸川貞雄氏ですが、あの土地を平にしたのも戸川さんだったのでしょうか」という質問を投げかけられました。いかにも謹厳実直そうな学者肌に見え、この日も次々と披露されるその豊かな学識に感銘を受けながら聴き入っていた受講者一同は一瞬この“庶民的”な質問に「おやっ」と戸惑ってしまいました。剛球投手が不意に投じたスローカーブのようなものだったからです。

「湘南平」というシャレた名前が付く前は「千畳敷」と呼ばれていました。1畳は江戸間で換算すると、1.545平方メートル(京間換算では1.822平方メートル)ですから、1,000畳では1,545平方メートルになります。テニスコートの面積が、縦36.57m(エンドライン間23.77m+両エンドラインの後ろの部分6.4×2m)、横18.29m(サイドライン間10.97m+両サイドラインの横側3.66×2m)で668.8653平方メートルですから、テニスコート換算すると「テニスコート2.3面分」ということになります。現場に立ってみた感じとしては「千畳より広いんじゃないの」という気がしますが、たとえ“誇大表示”だったとしても「白髪三千丈」に比べたら遥かに罪は軽いというものです。なにしろ、「丈」が「尺」の10倍ですから、「三千丈」となると9.09kmという途方もない長さになるからです。あれっ、なんの話をしていたんでしたっけ?

 そうそう、講演会で森慎一先生が仰りたかったのは、平たく言うと「山のてっぺんの部分にあのように広い平地ができたのは海の働きによるものだとしか考えられない」ということでした。源実朝は「大海の磯もとどろに寄する波破れて砕けて裂けて散るかも」と詠っていますが、波には自ら砕けるだけでなくて「岩をも砕く」力があって、海に面した陸側の岩盤は押し寄せる波浪によって侵食を受けるのだそうです。そして、破砕された岩屑が潮流によって運ばれて形成される平坦な岩石地形が「海岸の岩畳」、「磯の台」とも呼ばれる「波食台」なのだとか。要するに、「湘南平」はかつて海面下にあり、海の波と潮流によって“平”になったというわけです。

 江ノ島の南側の海岸には海面上からわずかにでた平坦な岩場が広がっていますが、これも「波食台」と呼ばれる地形で、かつて海面下で形成された平坦な地形が、大正12年(1923年)の関東大震災の際に1mほど隆起して海面上に姿を現したものだそうです。大磯海岸には、丹沢山中からアオバトが水を飲みに飛来することで名高くなった照ヶ崎の岩石海岸がありますが、これも”波食台卒”で、関東大震災の時に隆起して海面の上に姿を現したのですから江の島の岩場とは“同窓同期”で、「湘南平」はこの両者より遥かに“上をいく”大先輩という間柄になるということになります。
 (*)「波食台」は英語では、動詞”abrade”(「浸食する」の意)から発した”abrasion platform)または、”wave-cut bench”となっているようです。随分とでっかいベンチだとは思いますが、“制作者”(波)を明らかにした”wave-cut”の方が分かりやすくて良いですね。

 森慎一先生は講演の中で、「丘陵が丘陵であり平野が平野であるのはなぜか」という“哲学的”な疑問も発しておられ、「丘陵地は隆起するが故に丘陵地であり続け平野は沈下をし続けているから平野なのである」と結論付けておられました。水平方向の位置関係を測量する基準点である「三角点」とは別に、垂直方向の位置の基準点、つまり高さの基準点として「水準点」というのがあって、平塚市では1975年から地道かつ着実に「水準点」の測量が続けられてきているのだそうです。その測量結果によると、地域によって度合いの違いがあるものの、丘陵地も含めて軒並み年々沈下をしてきているそうです。しかし、丘陵地は、地震が起こるたびに、このような“年々の高さの目減り”を一気に取り返すほど大きく隆起するので、ますます高さを増していくのだそうです。「湘南平」も、12-13万年ほど前には海面下の「波食台」だったのですが、地震が起こるたびに隆起を繰り返して、現在の180mにも及ぼうとする標高を得るに至ったわけです。ですから、海の力で“平ら”になり、地震の力で湘南地方を一望できる高さまで高められたのが「湘南平」だということになります。
 (*) 「水準点」は英語では”benchmark”になるようです。コンピュータ用語になっている「ベンチマーク」は、ここから発しているようですね。

 隆起する丘陵地と沈下する平野との境には当然「断層」が発生します。実際に「湘南平」の周辺には大小の断層が錯綜した形で走っています。下の写真は、平塚市博物館2007年刊行の「平塚周辺の地盤と活断層」に載っている「上空から湘南平の東西性の活断層を望む」というタイトルの写真ですが、左から順に小向断層、千畳敷中央断層、千畳敷断層が点線で示されています。断層のうち、将来も活動する可能性があるものが「活断層」と呼ばれていて、1,000年に1m以上の割合で隆起を繰り返しているものは活動度Aにランクされていますが、小向断層はA級の活断層と認定されているそうです。丘陵地と平地を鋭く隔てているような様子を写真からも見て取ることができ、小向断層がA級であることが納得できるような気がします。


 このような、地質学上の研究から得られた知識や知見が行政に役立てられているかどうかとなると、地質研究の面では先駆的な平塚市においてさえ必ずしも有用な情報として用いられておらず、沈下度の高い地域や活断層に近い地区など、地質上危険度が高いということが明らかになっている地区での住宅建築確認申請が無条件で承認されたりしていることがあるようです。国政レベルでも、国土保全問題であるにも関わらず、国土交通省とは名ばかりで、実態は、ここに統合された建設省と運輸省がそれぞれ建設と運輸の問題を縦割りに所管する形が残っていて、「国土」問題に対してはそれぞれが断片的に関与しているにすぎないように思えます。辛うじて、気象庁が国土交通省の外局として位置づけられていますが、本来は「気象業務の健全な発達を図ること」が任務であるはず(国土交通省設置法第46条)の気象庁に、「気象」(天気予報)以外の「地象」(地震及びその予知情報、火山及びその噴火予測情報)、「水象」(津波及びその予知情報、土砂災害による洪水予測情報)までがおっかぶされている現状を見ると、国政の体制の内部に大きな“活断層”があるように思えてなりません。

なお、「湘南平」の詳細については「さくら狩人・湘南桜錯乱物語Part 6〜10」のPart10をご覧ください。http://odako11.net/Happyou/happyou_sasaki_4.html 写真入りですので湘南平での“バーチャル花見”をお楽しみいただくこともできると思います。