ちょっと発表




 

2015.12.12   3組  佐々木 洋
 魚名魚字 Part11  サケノ巻


サケが欠けると“なサケない”ので

「魚の王様」というと普通はタイとかマグロとかになるのですが、そのグルメレポートで「鮭が大好き、鮭は魚の王様だ!」としているところは、さすが吉田さんの独壇(独断?)場だと思います。同レポートには“日本の鮭博士”と称される遠藤紀忠さんも“友情出演”していて、サケの英語魚名salmonの語源についても論及されていますので「魚名魚字シリーズ」投稿者としては「これをもって御名御璽」としたい気持ちもありますが、「魚名魚字シリーズ」からサケが欠けると情けない(なサケない)ことになってしまいますので、吉田さん「魚の王様」レポートや別箇の遠藤紀忠さん「鮭の殺菌」レポートと重複しない範囲で一筆啓上します。

「肴のための魚」に非ず
 「サケ」の日本語魚名については「酒の肴として親しまれたことから」というマコトシヤカな説があります。確かに、鮭を半身におろして皮付きのまま縦に細く切り、海水で洗って潮風に当てて干して作る「鮭とば」で一杯というのも乙なものです。この「とば」は漢字で「冬葉」と書きますが、もとは「鮭を身おろししたものを更に縦に細かく切って乾かしたもの」という意味を持つアイヌ語の「トゥパtupa」に由来するという説があるほど、サケは古来アイヌにとって重要な食材であり、単なる「肴のための魚」の域を超える存在だったものと思われます。サケを主食代わりにしているヒグマも同然に北海道の人々が、秋になってサケが川を遡上してくるのを待ち構えていたことは、道産子の多く、特に高年齢層の道民が「アキアジ(秋味)」というサケの別名で愛称していることからも分かります。

サケは赤身の白身魚なのだ
 またサケの魚名が付いたのは「肉の色が赤いため、“酒”に酔ったようにみえる、もしくは“朱”(アケ)の色であることから」という“酒”がらみの説もありますが、これもマユツバのように思えます。確かに、“サーモンピンク”という表現がある通り、サケの肉は鮮やかな色合いをしています。これは、サケやマスが餌にするオキアミなどに多く含まれる「アスタキサンチン」という色素が筋肉中に沈着して赤くなるせいであって、サケは本来は“白身魚”なのだそうです。一方、カツオ、マグロ、ブリなどの“赤身の魚”の身には、血液色素タンパク質の「ヘモグロビン」、筋肉色素タンパク質の「ミオグロビン」という赤い色素が多量に含まれていて、これが回遊魚に特有な酸素を効率よく使う機能の下支えをしているのだとか。確かに、火を通すと、マグロやカツオは沈んだ白っぽい色になるのに対して、サケは“朱”色を保っています。しかし、これは「アスタキサンチン」が熱に強いせいであって、同じ「アスタキサンチン」を含むエビ、カニで、生の状態では殻が赤くないものがあるのは、アスタキサンチンとタンパク質が結合しているからで、茹でるとタンパク質が離れて、アスタキサンチンだけになってしまうので赤くなるのだとか。しかし、だからと言って、サーモンピンクを見て「“酒”に酔ったようにみえる」と表現するのは酔眼朦朧の度が強すぎるというものではないでしょうか。

サケの語源はアイヌ語にあり
 「鮭とば」を裂いて食べるところからすると、サケの「肉に筋があるため“裂け”やすいことから転じたとされる」という語源説も捨てがたいのですが、「アイヌ語で“夏の食べ物”を意味する“サクイべ”と“シャケンバ”が語源で“shak”の部分が“サケ”や“スケ”に変化したもの」という説が本命のようです。「サケ」を「シャケ」と称する地方があったり、英名キングサーモンに「マスノ“スケ”」という和名があったりすることからもこの説が納得し易いように思えます。この夏にスイス旅行した際に、クライネシャイデックのレストランで供されたのがサケ料理で、日本語に強い関心を示したウェイトレスに、「サ(低)ケ(高)は飲む物、サ(高)ケ(低)は食べるもの」とヘタッピな英語で説明したのですが、「何言ってるの、この爺さん」というような表情をされてしまいました。いずれにしても「鮭」を「酒」と結び付けるのは日本語式ダジャレの域を出ず国際的には通じない話になってしまいそうです。

サケの子はロシア語名のイクラ
 ところで、サケの卵は「イクラ」といって、鶏肉と鶏卵の料理を親子丼というのと同じように、鮭とイクラを配したものも親子丼と称するということはご存じだと思います。この「イクラ」を”how much”などと翻訳するのも日本式ダジャレの域を出ません。日本語出自の単語だと思いきやロシア語の 「икра( イクラー;「魚の卵」の意)」から来た“舶来語”だったのです。この1事をとっても、サケマス漁業についてのつながりが昔から日露間にあったということがよく分かります。一方「タラバガ二」は、ロシア語に「タラバ」に似た単語があることから、これもロシア語からの外来語のように思えるのですが、ニシンがとれる場所をニシン場というようにタラがとれる場所、つまりタラ場でとれるから「タラバガ二」というのであって、こちらはレッキとした日本語でした。ただし、「カニ」というのは詐称であって、実際はカニより足が1本少ないヤドカリの仲間だというのですからメンドクサイ話です。

いわきの近くに北海道があった
 東北大震災が起きるまで福島県いわき市に住んでいた時に、山本テッショー兄が裏磐梯観光のついでに我が家に泊りにきてくれたことがありました。翌日、ドライブに誘い出して、国道6号線を北上して楢葉の町に入ってから、「鮭の養殖」という看板が目に入ったので木戸川べりに立ち寄ったのですが、そこで見かけた光景は二人にとって大きな衝撃でした。木戸川の川面一杯に遡上した鮭の背びれが見えたのです。鮭が北海道の河川にウジャウジャ遡上していくる光景はテレビの映像で見たことがあっただけなので、「こんなところに北海道が!」と驚いてしまいました。しかも、サケが浅瀬に生み付ける卵を狙って無数のカモメが乱舞していて“イクラ食べ放題”の光景が目の前に広がっているので大感動。爾来、「サケの天然遡上の南限は楢葉町・木戸川」と信じ込んできたのですが、日本で定常的に遡上が認められる南限の河川は、太平洋側は千葉県の九十九里浜に注ぐ栗山川だということ、そして長氏に近いことから、そこでは「酒(サケ)は銚子(ちょうし)に限る」というダジャレが罷り通っていると知って少々ガッカリしました。しかし、「北海道並みウジャウジャ遡行の南限は楢葉町・木戸川」に違いありません。放射能禍のためとられていた立ち入り制限も解かれ今年からサケの簗漁も再開されたそうですから、来年秋にでも、ダマサレタと思って“現地視察”に行ってみてください。

「母川回帰」の習性の謎
 サケは川で産まれ海に下り、海で数年かけて大きくなって、産まれた川に戻ってくるという「母川回帰」の習性を持っています。「どの様に川を記憶して帰ってくるのか?」というのは長年の謎だったのですが、高精度な生体時計と地磁気コンパスと太陽コンパスによって自分の位置を割り出し回遊していると考えられるようになっているそうです。この母川回帰性のため、異なる河川のサケ同士の交雑が起き難くなっている結果、遺伝的には地域差より河川毎の差が大きく、同一河川での年ごとの差は小さいのだそうです。日本では漁獲量が普通のサケ1万匹に対して1 - 2匹程度しかいないため“幻のサケ”といわれている「鮭児」が、本来はアムール川系産なのに紛れ込んで誤って母川回帰してきたものだと分かったり、岩手地方に独特な「南部鼻曲り鮭」が遡上してくるのもこのためだと思います。

中国人に伝えたいサケの美学と味覚
 さて、魚字の「鮭」の方ですが、日本では室町時代から「鮭」ですが、中国では「鮭」は「ケツギョ」を差す言葉だそうです。「ケツギョ」とは少々お下品な感じの名前ですが、「圭」の「三角形にとがった」とか「形が良い」といった意味さながらの見た目も美しい「中国原産のスズキ科に属する淡水魚で、食べても「白身で癖がなく高級魚」だそうです。一方、サケには中国では「魚偏に生」の魚字が当てられていて、その「生」は「生臭い」という意味合いだそうですから、吉田さんが「魚の王様」と讃えるサケに対して失礼な話です。サケをもって「形が良い」とする日本人の美学と、様々なレシピでアキアジ(秋味)を楽しむ日本人の味覚の素晴らしさを、Web11グルメレポートを通じて中国人の皆さんにも分かってほしいものだと思います。