ちょっと発表



   たかが年賀状されど年賀状

2017.2.12     3組 佐々木 洋

<年賀状が原点>
木版画仲間「版ぎ会」は毎年年初に、新川崎の小さな画廊喫茶「琴」の展示会で、その年のカレンダー用木版画作品の個展を行ってきました。今年は1/16-28が私たちの会期でしたので、先の週末(1/28)に会場に集って作品を撤去するとともに盛大な懇親会(飲み会)を楽しんできました。その際に、メンバーの下田さんが、以下のように、「版ぎ会」メンバー個々人が今年出した年賀状をpdf形式で纏めてきてくれました。「版ぎ会」は、もともと鳫さんと私の二人でそれぞれが受け取った年賀状を品評し合っていたのですが、同好の士が増えてそのうちに「今度は木版画年賀状を作ろうや」ということになったのですから、年賀状が「版ぎ会」の原点というわけです。

 

<“近況の問い語り”を楽しんで>
親しくしている友人の兄貴からの年賀状が1/13に届きました。「当方平均♂寿命超。おまけの人生です。歌う踊る詠む人生のロスタイム」という添え書きがありました。「今年はどうされたのだろう」と心配していたのですが、相変わらず悠々とお住まいなのだと分かって嬉しく思いました。バレンタインデーの義理チョコのような形ばかりの“義理年賀状”もありますが、〝本命"とまではいきませんが心通い合わせられる“友年賀状”が多いので相も変わらずひときわ熱心に年賀状のやりとりをして〝近況の問い語り″を続けています。


<年末の〝突貫工事″だった頃>
東芝在勤中は500枚を超える年賀状を、しかも、自己流の3色刷りの木版画でお出ししていたので大変でした。木版画には描く・彫る・刷るの三つの工程が必要なのですが、刷るのだけでも1色1分で葉書1枚に3分かかりますから500枚だと1,500分で25時間。こんな長時間を座りきりにして年末の忙しい時期に〝突貫工事″で作り上げるのですから年始にひどい腰痛にやられることがしばしばありました。激痛で救急病院に駆け込みたくなった時もありましたが整形外科系の救急医はいません。痛いだけで命には別状がないからなのでしょうが。


<〝横目で"見ていた箱根駅伝>
ゆっくりと新春を寿ぎ屠蘇をたしなんでいるべき時に、寝返りもできない状態で寝込んでいなければならないというのは辛いものです。本を読もうにしても、真上にかざさなければならないので疲れてとても長続きしません。やむなくテレビの前に床を敷いてもらって、箱根駅伝の往復を始めから終わりまで〝横目で"見続けていたことも何回かあります。「こんな難行苦行の年賀状作りなんかやめてしまえ」と自分で思ったこともあったのですが、私には年賀状のやりとりを"虚礼″として考えることができずせっせと〝手作り″を続けてきました。


<″納期厳守“のぶっつけ本番>
何しろ〝突貫工事″ですので、試し刷りをしてからいざ本番などというきちんとした手順がとれるわけがありません。″納期“に迫られていますので、年賀状送付先リストのア行分からいきなりぶっつけ本番刷りで、次第に手直しを加えながらカ行からサ行へと進んでいきます。従って例年ア行よりヤ行の方に〝上物″が届くことになってしまいますので、こちらからの年賀状に関心を示してくれている人や絵画に一言ありそうな人たちはリスト上に赤丸をつけておいてワ行分の宛名書きが終わったところでお送りすることにしていました。


<思わぬところでいただく賛辞>
尊敬する上司の三枝部長から「息子に船釣り体験をさせてやりたいのだが」ということで誘われて、押っ取り刀で千葉県の部長宅に泊りがけのシロギス釣りに出かけたことがありました。そこでなんと、奥方が「毎年きれいな年賀状をいただいて」と言われながら、当方からの毎年の年賀状を目の前にずらりと並べてくださったのは驚きでした。部長はスポーツ青年タイプで、絵画の趣味もなさそうですし、お名前もサ行ですので、何の気もなく〝上物″と程遠い年賀状をお送りし続けていたのですが、それを大切に保管していてくださっていたのです。
意外に関心あったんだ!
会社のトイレで隣り合った同僚の山本彦一兄から不意に「おう、毎年傑作の年賀状ありがとうな」と声をかけられたのも驚きでした。やり手のセールスマンと評され飲み会などでは楽しいやりとりをし合っていた仲でしたが、絵画には全く関心がなさそうなので、年賀状については送付先のone of themに過ぎないと思っていたからです。こんな風に「へーえ、下手っぴ木版画年賀状でも喜んで見てくれている人がいたんだ!」と驚くことが重なったのも、私が年末の難行苦行を続けてきたことの理由の一つになってきたのは確かなことだと思います。


<受けて嬉しい〝手作り″年賀状>
年賀状を受ける立場からしてもやはり〝手作り″の要素を含むものをいただくととても嬉しい気持ちがします。和歌や俳句、川柳、小論説等々“芸心”のある所を年賀状で示してくださる方は昔からいたのですが、最近は木版画のように手をかけずに絵や写真を複写する技術が普及してきていますので、年賀状も様変わりになってきました。ご家族で写した写真や、登山・旅行先の写真などからは見るからに〝近況″が伝わり、こちらからも積極的に“近況”をお伝えしたいという気持ちになって“友年賀状”のやりとりが続くことになるのだと思います。


<増えてきた年賀メール>
一方、SNS(Social Networking Services)全盛期の折柄、〝手作り″の俳句や短歌などを認めた年賀メールを送って下さる人も増えてきましたが、個人(1)から皆さん(N)にあてた1対Nの形の通信形態であり、1対1で〝近況の問い語り″をするコミュニケーション・マインドが少しも感じられないのはどうもいただけません。私自身がカレンダー用の作品を縮小して大量コピーする省力的な方法に転じているだけに、1枚1枚にできるだけ丁寧に添え書きを加えて「年に一度のコミュニケーションの機会」にしようと務めるようにしています。


“<とれたて”新春情報をSNSタッチで>
しかし、さはさりながら、メール送信の良いところもありますので、近年はハガキ年賀状と並行して年始メールを、通常のメール交信の同報宛先の〝同志″や、喪中につき年賀状をお送りすることができない友人・知人たちにお送りするようにしています。1対1の意識を込めて、近場の湘南海岸の初日の出風景などの新春“とれたて”情報をお送りしているので存外好評で、思いもかけぬ方から返信メールをいただいたりして喜んでいます。中には、それぞれの地元の初日の出の写真などを送って下さる方もいるのでうれしい限りです。


<相次ぐ年賀状中止申し入れも>
一方、この歳になりますと、年賀状で「今年をもって年賀状を終わらせていただきます」といった主旨の年賀状中止申し入れをされてくる方が年々増えてきています。体力の限界で、年賀状を通じた友人・知人の関係の輪の維持ができなくなってきたのかなと寂しい思いがしますが、まさにこの心配が当たっていて昨年の年賀状で中止宣言された方自身の訃報が昨年末に届けられるということもありました。年賀状中止申し入れをされてもこちらからはお送りし続けるのですが、それが受け手にとって負担になるのではないかと心配することがあります。


<「2018年版人財リスト」作成>
また、年賀状や年賀メールがお嫌いなのか全く無関心に思える方がおられるので要注意です。私の場合は、3年連続して全く反応を示してこられない方は当方から年賀状をお送りすることが迷惑なのだろうと判断して年賀状送付先リストから消去することにしています。亡くなった方も当然過去の年賀状送付先リストにのみお名前が残ることになりますが、古今のリストに載っている人々が、これまでの私に直接影響を与えてくださった人々であり、私にとっての「人財=人的財産」です。感謝の念を込めて「2018年版人財リスト」を作成しました。
以 上