ちょっと発表



   夜明けの素チャット

2017.3.30     3組 佐々木 洋

(Part7)カブクリ沼ってご存知ですか

 毎週水曜日早朝ラジオ体操後恒例の朝食会の会場「ガスト」に入るや否や若女将格の岡崎住江さんが、開口一番「ねえねえ佐々木さん、カブクリヌマって知ってますか。この朝倉さんが行ってきたんですって」と声をかけてくれました。「えっ何、そのアイヌ語みたいなものは?」という私に応じて朝倉さんが、行ってきたばかりだという「蕪栗沼」の話をしてくれました。決して出すぎて自分のことを他人に話すこともしない朝倉さんのことですから、「蕪栗沼」の名前なんか二の次で「えーと、何だっけ?野菜と果物の名前、カブカキだったっけ」などと何回も思ったりしたそうですが、「カブクリ」なんて全くヘンテコな名前ですね。
 蕪栗沼は、朝倉さんが身振り手振りで「伊豆沼が近くのこの辺にあって…」と示すように、宮城県は大崎市の在でした。若かりし頃2年間だけ仙台市に在住していた私は伊豆半島にあるわけでもないでもないのにヘンな名前だなと思いながらも‴白鳥の飛来地‴として「伊豆沼」の名前は知っていました。宮城県で生まれ育った岡崎住江さんも同様に「伊豆沼」はご存じだったのですが「カブクリ」は全くの初耳だったので朝倉さんからふと話を聞いてビックリし、そのビックリをそのまま私に伝えてくれたのでしょう。
 「‴駅‴まで宿の車が迎えに来てくれて、‴宿‴から沼へはマイクロバスで約10分。20人限定の‴旅‴でとっても素晴らしかったわあ。」と朝倉さんは固有名詞にはお構いなしでやたらと楽しそうに話されていましたが、‴駅‴は東北新幹線古川駅で、‴宿‴は「公園の中の宿・ロマン館」、参加された‴旅‴は地元のツーリズムクラブが主催する「二万羽の雁を見る会」だと後でわかりました。「夕方になると何万羽の雁が沼に帰ってきて、早朝また飛び立っていくんですよ、大空一杯に広がって。」と語る朝倉さんの感動の心は、後刻見せていただいたパンフレットの写真「蕪栗沼の絶景」に見事に映し出されているように思えます。確かに、約5-8万羽のマガンたちの大空一杯に広がっての早朝の旅立ちは絶景であり、口先だけではとても言い表すことができませんね。

 一方、朝倉さんの撮った写真には、マガンたちが次々と舞い降りてくる夕刻の蕪栗沼の静寂さが感じられます。はるか4千km先のシベリアからここに飛来してきていて今日また一日の飛翔を終えて戻ってきて、水面に群れを成して浮かんで休んでいるマガンたちの上に朝倉さんの労りの目が注がれているせいかもしれません。

 ここ蕪栗沼とその周辺の水田は、国内最大級のガン・カモ類の越冬地なのだそうです。そして2005年には、広く水辺の自然生態系を保全することを目的とする「ラムサール条約」に登録され、国際的にも貴重な湿地となっているのだとか。そんな中で、地元で組織されたエコツーリズム推進委員会が大崎市と一体になって湿地環境保全に取り組んでいるからこそ、ガンやカモたちも毎年ここで心静かに時を過ごすことができているのでしょう。過度な観光開発に走ることなく、限られた数の人々が静かに自然に親しめるように環境が整備されているのも素敵なことだと思います。

 ところで、朝倉さんはどうしてこのような‴知る人ぞ知る‴(多くの人は全く知らない)蕪栗沼に足を運ぶことになったのでしょうか。朝倉さんは、例によって「森の水だっけ、それとも水の森?」と言いながら、ある公園に行ったときに蕪栗沼の案内チラシが置いてあったのがきっかけだと説明してくれました。ここで、それまでは「私慌て者だから2度も庭先の小田原上水に落っこっちゃったんですよ」などと屈託なく話す、やたらと明るい人だとばかり思っていた朝倉さんが句会に入って俳句を楽しんでいるということが初めてわかりました。横浜市希望が丘の水の森公園に14人の句会メンバーで吟行に訪れた時に、蕪栗沼行きが衆議一決で決まったのだそうです。

 朝倉さんが参加しておられるのは阿夫利嶺俳句会です。16年前にご主人に先立たれて落ち込んでいた朝倉さんに高校時代の恩師が声をかけて入会したのだそうですから、恩師はまさに‴苦界から句会への転身‴を進めてくれた恩師でもあったようです。同俳句会では「阿夫利嶺」という小冊子の同人誌を定期的に発行されており、その4月号には、副主宰で編集長をされている小沢真弓さんの書かれた「蕪栗沼の真雁たち」という瀟洒な文章も掲載されています。読んでみると、俳句会のメンバーはみんな素敵な友達なんだなあと改めて思えてきます。
朝倉さんのお名前は私の「洋」と同じ字の「洋子」。出身校も我らが旧制神奈川二中・小田高と並ぶ三中の厚木高校だと分かりました。年齢だって、私よりずっと若いと思っていたのですが聞いてみると、‴洋洋間‴にそれほど大きな違いはありません。似た環境にいながら「洋」と違って「洋子」の方は、どうしてこんなに桁違いに明るいのでしょうか。朝倉さんが、苦界に閉じこもっていないで素直に句会入りしたところにポイントがあるような気がします。広い交友関係の中で自由闊達に時を過ごすことが若さと明るさを保つうえで大切なのでしょう。

 朝倉洋子さんは、ちょっと恥ずかし気に自作の句「手をかざす待つ寒き沼雁万羽」を紹介してくれました。自由闊達に空を飛翔する雁たちは、ご自分にとって、自由に吟行して回る俳句仲間と同じような存在なのかもしれません。そして、ひょっとすると毎朝会って談笑しながら体を動かし合っているラジオ体操「和みの会」人々も朝倉さんが‴手をかざして待つ雁たち‴なのかも。平均年齢は相応に高いのですが、それぞれに飛翔した人生体験をお持ちで、明るく元気でお話をしていてとても楽しいのです。ことによると、「和みの会」の面々で「来年は私たちで蕪栗沼に行きましょう!」なんて話になりかねません