ちょっと発表


魚名魚字 Part 14  「モロコ」(クエ・アラ)の巻

3組  佐々木洋   

<体重11kgの「モロコっ子」>

 
モロコと言えば、スズキ目ハタ科の魚で、体重50kgにまで達する巨大魚ですから、私が釣った1m11kgのやつなどは「モロコっ子」に過ぎません。それでも私の釣魚歴のレコードですから、魚拓を作って、我が家のちっぽけな書斎の天井に貼ってあります。釣ったのは菊名の東芝独身寮に住んでいる頃のことですから、魚拓用の布をいただき墨汁をお借りしただけで、お知り合いの妙蓮寺の歯医者さん宅に獲物は差し上げたのですが、墨汁を頭から塗って尻尾を塗り終えた頃には頭の方が乾いてしまったのをよく覚えています。歯医者さん宅でも魚がまな板の上に乗らないので魚屋さんでさばいてもらって、8家族にお裾分けしたということでした。


<刺身、煮魚、焼き魚、お吸い物のいずれも逸品>


私も翌日招かれてご馳走になったのですが、刺身、煮魚、焼き魚、お吸い物のいずれも逸品。漁獲量が少ないため、ほとんど市場から高級料亭へ直行してしまって一般の魚屋さんには出回らないので、釣った人にしか味わえない最高の贅沢だったのかもしれません。一度だけ熱海のニュー相模屋での丑寅辰巳会の宴席で供されたことがありました。私は丁寧に久方ぶりの珍味を賞味したのですが、後ほど会長の水口健二さんに「先ほどのモロコ、美味かったですね」と声をかけたところ「えっ、そんなもん出てたっけ?」という反応だったのですから、実にモッタイナイものだと思いましたよ。

<水中で銀色に光る姿に感激>


釣ったのは伊豆大島の川の沢礒。底冷えのする12月16日の夜のことですので、コマセを繰り返して、40cmほどの冷凍サバを餌に釣り竿を出しておいて、傍らで焚火をしながら待つこと数十分。いきなりリールが物凄い音を立てて回転し始めたので、慌てて釣り座に駆け付けてアワセを入れると、これがなんとまた物凄い引き。リールを巻いてもなかなかままならず、竿先が持ち上げられません。そこで、同行の下村さんが私の前に割って入って肩を入れ、穂先を挙げて釣り糸を手繰ってくれることになりました。お陰で私はリールを巻く作業をするだけの身になってしまいましたが、ようやく近づいてきたモロコが水中で銀色に光る姿を見た時は大感激でした。


<孤独で臆病な巨大魚>


モロコは、群れを作らぬ定住性が強い魚で、岩と岩の間・海底の根のえぐれ・洞窟などを棲みかにしています。典型的なフィッシュイーターなのですが、体の大きさに似合わず警戒心が強くて臆病な魚だからこそ、長生きして巨大な魚に成長できるようです。また、遊泳力が弱く不器用なため、目の前の傷ついて弱っている魚ぐらいしか食べられないのだそうです。だからこそ、そろそろと接岸してきて、太いワイヤーでつながっているマグロ釣り用の針が2本忍ばせてあることにも気づかず、目の前に見えたサバを一気に飲み込んでしまったのでしょう。しかし、ここはなんと言っても、沖の磯場で船上から水中に泳ぐモロコを見かけていて、「ここからコマセを流せば、ヤツはコマセの流れに誘われて、ここまで接岸してくる」と見通した磯渡し船「杉丸」の船頭さんの読みがちです。あの名船頭さん、今は如何お過ごしでしょうか。

 
<東日本ではコイ科の小魚が「モロコ」の本家>


東日本では「モロコ」、西日本では「クエ」、九州では「アラ」と呼ばれていますが、一般に「モロコ」と言えば、体長が精々10cmほどのコイ目コイ科の小さな魚の方の知名度が高いようです。単に「モロコ」という和名の魚はおらず、地方によりその指す魚の種類が違うのだそうです。ですから、「諸々の子すなわち小型の雑魚」などと魚名魚字も説明されているのですが、巨大魚「モロコ」の方には、魚名のいわれについても魚字についても適切な解説が見当たりません。恐らく、東日本では巨大魚「モロコ」を目にする機会が少ないからなんでしょうね。

<人の生活に近い「クエ」と「アラ」>


しかし、西日本では「クエ」が人の生活にずっと近いところにいるようです。例えば、東芝時代の同期生の川口正兄は、出身地の和歌山県日高町では町を挙げてのクエ祭が行われていると言っていました。そのせいか、若魚の時に身体に不規則な紋があることから「九絵」と名付けられたという魚名魚字解説も罷り通っています。淡泊ながら脂がのった白身の上品な味わいがあるところから「クエを食ったら他の魚は食えん」などとダジャレを言えるのも西日本ならではのことでしょう。九州でも、大相撲九州場所で、贔屓筋から横綱を始め関取に「アラ」が差し入れされることがよくあります。ちゃんこ鍋の高級素材として知られていて「魚界の横綱」のような位置づけがされていますが、「アラ」にはモロコの九州名と違って、ハタ亜科に属するアラ属の「アラ」がいるというからややこしい話です。いずれにしても、チャンコ鍋のような荒切りした物をまとめて「荒」と言った事が魚名魚字の由来のようですから、九州地方には食事“量”を賄える巨大魚が多く生息しているのかもしれませんね。