ちょっと発表


マラソン談義あれやこれや

3組  佐々木洋   

<「遅咲きの大器」の快走>


 別府大分毎日マラソン(2/2)の39キロすぎで外国人選手2人と競り合い、積極的に仕掛けて先頭に立って、レースを引っ張る日本人選手の姿がありました。おっ、見慣れた青学大のユニフォーム、誰なんだと思いきや、今春の箱根駅伝4区で区間新を更新し、青山学院大の総合優勝に貢献した吉田祐也クン(4年)の初マラソン姿でした。
初マラソンの悲しさで「40キロ以降は足が止まってしまった」そうで、優勝は大会新記録の2時間8分1秒でゴールしたハムザ・サリ(モロッコ)、2位はアブテラ・ゴタナ(エチオピア)に譲ってしまいましたが、2時間8分30秒の好タイムで走り、日本人トップの3位に入りました。箱根駅伝も、4年生にして初出場“最初で最後の箱根駅伝”。青山学院大の選手層の厚さを物語るものですが、卒業を間近にしての吉田祐也クンが初マラソン挑戦に成功したのは、青学大の原貢監督が指導する「青学走法」を会得するために引き続き励み続ければ「遅咲きの大器」が現れるということを示唆しているように思えました。

 <「腹筋女王」の見事な優勝>
 大阪国際女子マラソン(1/26)では、やたらと“男っぽい”走りをしていた選手がいた(下左)ので「なんじゃこれ?」と思ったのですが、ゴールしてみると明るい笑顔が花とはじける乙女(下中)の松田瑞生(みずき)ちゃんでした。愛称はなんと「腹筋女王」。五輪や世界選手権の代表を次々と育ててきた所属先のダイハツ・林清司監督は「負けず嫌いの部分ではちょっと次元が違う」と舌を巻いています。アゴが上がってスタミナをロスする癖があるので、「腕を下げて、おなかを使って走るように」と助言すると、1日1000回とも1500回とも言われる腹筋トレーニングに明け暮れてきたそうです。腹筋がバキバキに割れている(下右)ところから“男っぽい”感じがしていたのかもしれませんね。
優勝タイムは日本歴代6位の2時間21分47秒で、2:20:36が持ちタイムのメスケレム・アセファ(エチオピア)、2:21:22のミミペレテ(バーレーン)、2:21:26のボルネス・ジェプキルイ(ケニア)などの外国人招待選手を2-6位においての優勝ですから堂々たるものです。

<怪しげなマラソングランドチャンピオンシップ(MGC)の存在意義>
 これで松田瑞生ちゃんも晴れて東京オリンピック日本代表かと思えばそうではなかったんですねえ。予め2019年9月15日(日)に「マラソングランドチャンピオンシップ(MGC)」というのが行われていて、1位の前田穂南(2:25:15)と2位:鈴木亜由子(2:29:02)が五輪代表権を得ているんだそうですよ。そしてこの大阪国際女子マラソンは「マラソングランドチャンピオンシップ・ファイナルチャレンジ第2戦」として位置付けられているので、松田瑞生ちゃんは、取り敢えず「残り1枠だった代表の最有力候補となった」というだけの話なんだってさ。変ですよねえ、MGC1-2位の記録を遥かに上回っていて、有力な外国人選手をやっつけたっていうのに五輪代表権を得られないなんて。「一体どうしてMGCなんか始めたのさ」と言いたくなります。男子だって、別府大分毎日マラソンの吉田祐也クンの記録に届かないMGC1位:中村匠吾(2:11:28)2位:服部勇馬(2:11:36)が内定しているんですよ。日本陸連マラソン強化戦略プロジェクトリーダーの瀬古利彦さんなんか、MGC実現を「絶対に負けられない緊張感の中で走れることは、選手にとって貴重な体験」なんて喜んでいたらしいけど、9月15日なんて日にMGCを開いて国際的競争力のない選手を代表に選んじゃっていていいのかなあ。まして、オリンピック開催国の特権を使って東京の地でMGCをやっていましたが、IOCの言いなりで、肝心のオリンピック競技会場は東京から札幌に代えられちゃっているではありませんか。それに、本当に「絶対に負けられない緊張感」っていうんだったら「MGCファイナルチャレンジ」なんか無しにして「MGCにて全員一発決定」にすることですよ。そうすればMGC3位だった大迫傑(2:11:41)だって五輪代表権を得られていたというのにね。


<若者にとっての「瀬古利彦」の存在>
 面白かったのは瀬古利彦さんで、優勝者インタビューを受けていた松田瑞生ちゃんにお祝いの電話を入れたのですが、「どなた様ですか」っていうような対応をされていましたね。なおも、「おすしが大好き。でも、生ものは食あたりが危険なのでずっと我慢していた」と口にしていた瑞生ちゃんが行ったということを聞きつけてマラソン強化戦略プロジェクトリーダー殿がその店に現れたのですが、瑞生ちゃんによると、「おめでとうって言ってくれて、そのあとはひたすら日本酒を飲んで消えていきました」とのことで、報道陣から「ごちそうはしてくれませんでしたか?」と質問されると「全然してくれませんでした」と返し記者会見会場を笑わせていました。別府大分毎日マラソンの時にも、快走した吉田祐也クンに対して「マラソンをなめてしまうとまずいから」と称して直接苦言を呈していましたが、祐也クンからすかさず「なめてないです」ときっぱり返されていたそうですね。思うに「瀬古利彦」は、かつての名ランナーであり、日本人で知らない人はいないくらいの存在だったのですが、その後は「名選手必ずしも名コーチならず」の言の通り、さしたる指導実績を挙げておられないように見えます。まして、リーダー役を務められている「マラソン強化戦略プロジェクト」が何物なのか理解し、これに期待している若者はほとんどいないのではないでしょうか。


<無意味だった日本記録突破者への1億円褒賞>
 「マラソン日本記録突破褒賞制度」というのも、日本実業団陸上競技連合かなにかの「プロジェクトEXCEED」によるもので、「通常の取り組みでは越えられないものを超える(exceed)、“既成概念を打破”するという思いと希望が込められている」のだそうです。しかし、日本記録を超えたマラソンランナーに1億円の褒賞金が与えられたところで、どんな「通常の取り組みのexceed」や「既成概念の打破」ができるというのでしょうか。2018年2月25日の東京マラソンで、設楽悠太が2時間6分11秒で日本人トップの2位となり、高岡寿成が保持していた日本記録を16年ぶりに5秒更新し、同年10月7日のシカゴ・マラソンに臨んだ大迫傑が2時間5分50秒で3位に入って更にこれを更新しました。プロジェクトEXCEEDの目指すところは、「マラソン日本記録を越える複数のスター選手を輩出し、その“勢い”をもって東京2020オリンピック時メインスタジアムにマラソンで日の丸を掲げることである」とされていますが、大迫傑と設楽悠太自身が、それぞれMGC3位と14位で未だに五輪代表権を獲得できていないのですから話になりません。そもそも「報奨」とは、「組織にとって歓迎されるような行為に対して報いてそれを奨励するために与えられるもの」なのですから、大迫傑と設楽悠太が日本記録突破という結果だけでなく、志あるものが見習えるような方法や行程を残していなければ“勢い”のもとになることができません。私が大迫傑ないし設楽悠太だったとしても、「日本のマラソンのレベルを上げるためにこの1億円をどのように使ったらいいんだろうか」と真剣に悩んでしまうと思いますよ。


<既成概念の打破”に求められる指導者層の交代>
 次の表は男子マラソン日本記録を世界記録の変遷と対比しながら表示したものです。1960年のローマオリンピックに“はだしのアベベ”(エチオピア)が出現して以来、世界のマラソン界はすっかり様変わりになりました。アフリカ人の潜在的なマラソン競技力が顕在化され、世界記録がアフリカ人ペースで次々と更新され、2002年以降更新されていなかった日本記録との格差は開く一方です。明らかにDNA因子の格差によって、「日本がマラソン王国として復帰できない」状態が出来上がっているところに、子供だましにも似た「1億円ご褒美作戦」で臨んだ日本陸連幹部の指導力の低さが如実に表れているように思えます。いつまでも過去の栄光にとらわれている(すなわち“既成概念の打破”ができていない)日本陸連がらみの指導者達は自らの指導力の低さを自覚して身を引いて、「遅咲きの大器」の成長を助成した青山学院大学の原貢監督や「腹筋女王」を見事開花させたダイハツの林清司監督などに指導者の席を譲るべきではないかと思います。