しかしあのAIG全英女子オープンの優勝をかけた土壇場のシーンでもスマイルを欠かさず、コースに詰め掛けていた英国人の児童たちにも笑顔でサインに応じていた姿を見ると、日向子ちゃん自身が自分の心を大きく育てあげた形跡があるように思えます。日向子ちゃんはよく、ラウンドが終わった後の談話で「私のプレイを見に来てくださったギャラリーの皆さんに楽しんで頂きたかった」と述べています。かつて世界経済の主導役を果たしていた日本企業が経営思想として掲げていたTQC(Total Quality Control)の中の「お客様(ギャラリ―)の満足感を極大化する」という発想と共通したところがあり、また、お客様が楽しめるのは「結果(順位)ではなくてプロセス(プレイの内容)なのだ」という意識があるからこそ、プレイに集中できているのだと思います。
<ゴルフ上達につながる書道の心得>
テッショー師はメールに、日向子ちゃんの書道家ぶりについて「自分が生来の悪筆だけに文字の上手な人に無条件に脱帽します。できれば彼女の爪の垢を煎じて飲ませて頂きたい。」と述べています。私は日向子ちゃんの確かなパッティング技術力を目にしてすぐに、「これは書道のもたらすわざ」と思いました。これも悪筆家の私が言うことですから当てになりませんが、パッティングにおいては、ボールとカップの間の距離とボールの転がるルートの読みが極めて重要になりますが、これがまさに書道の筆を入れる際の心得と酷似していて、日向子ちゃんは筆を手にするかのようにパターを握り、筆の運び先を見極めるかのように集中力を発揮してパターを操っているかのよう見えたからです。考えてみればゴルフは、ティーからホールまでの間に幾つかのボールの落下点を思い描いて、これが実現できるようにクラブヘッドの動きを操って勝負を決めるゲームですから、一打毎に精神を集中して狙った通りにクラブヘッドを操っていかなければなりません。ゴルファーの育成過程で、専門家の指導による書道研修の過程を採り入れるのも有効なことかもしれません。
<開花もたらしたコーチとの出会い>
しかし、最大の謎は、2017年高校卒業後にLPGA(Ladies Professional Golfers’Association of Japan)最終プロテストに合格できず、2018年の2度目のLPGA最終プロテストをようやく14位で合格できた日向子ちゃんが何故2019年になってから急に、5月のLPGAツアー公式戦「ワールドレディスチャンピオンシップサロンパスカップ」で大会史上最年少優勝者となり、更に、7月のLPGAツアー「資生堂 アネッサ レディスオープン」において、初代女王となって全英女子オープン出場権を得るに至ったかというところにありそうです。そしてここに、関係者から「何とかしてやってくれ」と日向子ちゃんの指導役を託された青木翔コーチの出番があったようです。青木コーチによると、「2年前に出会った時には才能だけでやってて、うちに来たときはボロボロ。」だったとか。そこから二人三脚の戦いが始まって、連日の如く「血のにじむような練習」を日暮れまで繰り返してスイングの基礎をたたき込んだのだそうです。上記のように、「体」と「心」に備わったものがあるところに「技」が組み込まれて「心技体」が揃って成績の急上昇が起こったようです。
<謎を追って得られる競技力向上の秘訣>
それでいて、青木コーチは日向子ちゃんに対しては「教えない」とか「自分で感じさせる」といった言葉を口にしています。私がテニスの書の紹介を依頼した時に、我が師と頼っていた東芝同期の桜木丈爾兄は「これを読めば“強くなる”」と称してティモシー・ガルウェイ著の「インナーテニス」の本を贈ってくれました。人間にはセルフ1とセルフ2の、それぞれ頭脳系と身体系の運動心理体系があって、「とかくセルフ1がセルフ2の動きを阻害しやすい」と書かれていました。実際にセルフ1主体の指導をするコーチは多いのですが、これによって競技力を高めることはできないということが分かって、「インナーゲーム」の考え方はスキーやゴルフなど他の多くのスポーツの上達に、更に音楽演奏や、ビジネスにおいても有効であるとされてきたのですが、青木コーチは「技」は反復練習によって「身体」(セルフ2)に叩き込むことによって、セルフ1は「心」の集中力強化に特化させようとしているように思えます。渋野日向子の謎を追ううちに、様々な競技力向上のためのヒントらしきものが得られましたが、「然るべきコーチ」の存在が競技力向上のための必須条件のような気がします。
<「子型」個人名の回復を期待しよう>
その昔、荒木大輔や松坂大輔が野球界で活躍した時には、大輔を名乗る新生児が急上昇しました。渋野日向子が、明るい人柄でゴルフには無縁の男女の間でさえ人気者になったお陰で、昨年から今年にかけて生まれた新生女児にはかなり多く「日向子」の名称が与えられることでしょう。有り難いことにお祖父ちゃんが「日向“子”」としてくれたおかげで、日本人女性の通称的な存在でありながらこのところめっきり少なくなってきてしまった「子」で終わる「子型」個人名もまたぞろ増えてくるかもしれません。もともと古代中国では、老子・孔子・孫子・孟子・韓非子などと男性の尊称に用いられ、日本でも「日本書紀」の時代には、小野妹子、蘇我馬子、中臣鎌子(鎌足)など、主に男性に「子型」個人名が付けられていました。それが親からの「女性らしくかわいらしい“子”に育ってほしい」という願いに発した女性の呼び名として普及したのですが、今は“子”の意味を“人”に昇華させて、「いつも落ち着いた振る舞いができる“人”に成長してほしい」という願いが込められたものと理解して、渋野日向子に似た「典型的日本女性」が増えてくることを歓迎しようではありませんか。
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