ちょっと発表


渋野日向子の謎を追う

3組  佐々木洋   

<一躍国民的スターになった珍名さん>
 戸籍登録上は「澁野」だそうですから、順位70,049位の全国でもおよそ20名しかいない超珍名さんですが、略字を用いた「渋野」にしても、順位17,321位で全国におよそ290名しかいない珍名さんに違いありません。
 「日向子」も、「太陽に向かって花を咲かせる向日葵(ひまわり)のように明るく育ってほしい」という思いをこめて、お祖父ちゃんが名付けたようですが、宮崎県出身の人間を「日向(ひゅうが)っ子」と呼ぶことはありますが、「ひなこ」と読ませる「日向子」も珍名に違いありません。

 こんな珍名「渋野日向子」が一気に有名になったのは昨年8月初旬のことでしたね。全英女子オープンゴルフでの順位が上がるにつれて、これを報ずる記事のスペースが大きくなってきて、ついに右の写真入りの優勝報道。これによって、日本中で知らない人のないほどの人気者になってしまいました。
私たちのメール仲間でも、ゴルフに関係のない不破君こと中澤秀夫兄が早々に「澁野日向子フィーバー」に言及し、テッショー師こと山本哲照兄に至っては、「AIG全英女子オープン制覇の渋野日向子ちゃん、可愛いね。 おじさん、これから応援しちゃうからね」と早々とかつ“堂々と宣言”して、ゴルフ君こと水口幸治兄を慌てさせていましたよ。私も現ゴルフ君が一言発する前に、元ゴルフ君として、次のようなコメントを送っていました。
全英女子オープン優勝の渋野日向子ちゃん、スマイリング・シンデレラなんて呼ばれちゃって自分でも戸惑っていたみたいですね。母親も「あんたは美人じゃないんだから、笑顔だけは忘れないように」と言って育ててきたみたいですね。よおく見てみると確かに美人じゃないね。しかし、とても爽やか、人柄も良さそうですね。
走る」が生んだ体幹の強さ
 私が気になったのは先ず、“シンデレラ”のイメージとは程遠い、その身体能力の高さでした。「あれれ、随分スタンスと遠いところにボールを置くんだなあ」と心配していたのですが、右の写真のように鋭くて安定したフルショットをするのですから、「これは相当に体幹が強いのだ」と思いました。「どんなDNAを受け継いでいるのか」が第一の謎でしたが、ご両親がともに筑波大学の陸上競技部の出身で投擲競技の選手だったということが分かりました。ご両親は恐らく、走る練習を積み重ねることによって投擲競技に必要な体幹の強さを身に着けられていたことでしょう。後天的に日向子ちゃんもご両親に似て、走るのが大好きだったとか。ゴルフを始める前に、年式野球やソフトボールをしていたそうですが、ゴルフには無用な「走る」動作の訓練によって、先天的また後天的に積み上げられた足
腰の強さが、日向子ちゃんの体幹の強さの源になっているのだと思います。

<“世界一流めざすならゴルフが第一>
 日向子ちゃんは「小柄な典型的日本女性」と思っていたのですが、2019年賞金女王に輝いた鈴木愛選手とともに撮られた写真を見た時には愛ちゃん(身長155cm)より大分背が高い(167cm)ので驚きました。それでも世界一流のテニスプレーヤーとして活躍している大坂なおみ(身長180cm)が「ハーフ日本人」としか見えないのに対して、日向子ちゃんは充分「100%日本人」と言える背の高さだと思います。韓国人プレイヤー達がアメリカ女子ゴルフ界を席巻している現状や、かつて日本人プレイヤーの樋口久子、岡本綾子、小林浩美、宮里藍らが国際舞台で鳴らした歴史を考え合わせても、「女子ゴルフは日本人が世界一を争える場」と言えるのではないかと思います。こんなことを書いているうちに、畑岡奈紗ちゃん(身長158cm)が、アメリカにおけるLPGA(Ladies Professional Golf Association)ツアーで、今季開幕戦に続いて2位を占めたというニュースが伝わってきました。どちらのお父さんお母さんも、娘さんを世界一流のスポーツ・プレーヤーに仕立て上げたいのなら、身長差が決定的な要因となるバレーボールやバスケットボールに向けるのは間違いであり、ゴルフにこそ道を求めるべきなのではないかと思います。

<“庶民派”プロゴルファー進出の余地拡大>
 しかし、女子プロゴルファーと言えば、かつてはキャディー上がりの人が圧倒的に多かったのですが、最近は幼くして英才教育を受けた“お嬢様育ち”プレーヤーオンパレードの感が強くします。日向子ちゃんのお父さんは岡山市役所勤務だそうだけど、そのような“お嬢様育ち”ができるような懐具合だったのだろうかという謎が残ります。そしてこの謎は「ゴルフはお金がかかる、と思われがちですが、実際は塾やサッカーとそれほど変わらないような気がします。」と語る日向子ちゃんのお母さんの言葉が解いてくれているように思えます。元ゴルフ君の私も、プレイ費が極高に付くゴルフを「年金生活者のするスポーツに非ず」として止めたのですが、その後、およそ四半世紀ぶりにラウンドした時にプレイ費が1/4くらいに低下していたので驚いたことがあります。 不振が続く日本企業が接待費圧縮を決め込んで以来、接待ゴルフ需要が大きく低下したため、特に地方のゴルフクラブには、稼働率維持の方策をとる必要が生じてきたのだと思います。そこに子女がゴルフに接する機会の急増がもたらされたのでしょう。“お嬢様育ち”プレーヤーオンパレードと見えていたのですが、実は日向子ちゃんのような“庶民派”プロゴルファーもかなり進出しているのかもしれませんね。
<集中力の根源はTQC意識にあり>
 日向子ちゃんの父(悟さん)母(伸子さん)とともに写った写真をインターネットから拾い出してみました。日向子ちゃんの萬人の心を惹きつけるスマイルは家庭生活を通して身に付いたものと思われます。まさに「笑う門に福来たる」の感がありますが、お母さんによると「昔は笑顔ばかりじゃなくて、人一倍負けず嫌いだった日向子は感情を抑えられないこともあった。」のだそうですよ。お父さんも、パットを外したときなどに日向子ちゃんがふてぶてしい態度をとったりすると「あんまり見ていて気持ちよくないよ」と伝えていたそうです。

 しかしあのAIG全英女子オープンの優勝をかけた土壇場のシーンでもスマイルを欠かさず、コースに詰め掛けていた英国人の児童たちにも笑顔でサインに応じていた姿を見ると、日向子ちゃん自身が自分の心を大きく育てあげた形跡があるように思えます。日向子ちゃんはよく、ラウンドが終わった後の談話で「私のプレイを見に来てくださったギャラリーの皆さんに楽しんで頂きたかった」と述べています。かつて世界経済の主導役を果たしていた日本企業が経営思想として掲げていたTQC(Total Quality Control)の中の「お客様(ギャラリ―)の満足感を極大化する」という発想と共通したところがあり、また、お客様が楽しめるのは「結果(順位)ではなくてプロセス(プレイの内容)なのだ」という意識があるからこそ、プレイに集中できているのだと思います。


<ゴルフ上達につながる書道の心得>
 テッショー師はメールに、日向子ちゃんの書道家ぶりについて「自分が生来の悪筆だけに文字の上手な人に無条件に脱帽します。できれば彼女の爪の垢を煎じて飲ませて頂きたい。」と述べています。私は日向子ちゃんの確かなパッティング技術力を目にしてすぐに、「これは書道のもたらすわざ」と思いました。これも悪筆家の私が言うことですから当てになりませんが、パッティングにおいては、ボールとカップの間の距離とボールの転がるルートの読みが極めて重要になりますが、これがまさに書道の筆を入れる際の心得と酷似していて、日向子ちゃんは筆を手にするかのようにパターを握り、筆の運び先を見極めるかのように集中力を発揮してパターを操っているかのよう見えたからです。考えてみればゴルフは、ティーからホールまでの間に幾つかのボールの落下点を思い描いて、これが実現できるようにクラブヘッドの動きを操って勝負を決めるゲームですから、一打毎に精神を集中して狙った通りにクラブヘッドを操っていかなければなりません。ゴルファーの育成過程で、専門家の指導による書道研修の過程を採り入れるのも有効なことかもしれません。


<開花もたらしたコーチとの出会い>
 しかし、最大の謎は、2017年高校卒業後にLPGA(Ladies Professional Golfers’Association of Japan)最終プロテストに合格できず、2018年の2度目のLPGA最終プロテストをようやく14位で合格できた日向子ちゃんが何故2019年になってから急に、5月のLPGAツアー公式戦「ワールドレディスチャンピオンシップサロンパスカップ」で大会史上最年少優勝者となり、更に、7月のLPGAツアー「資生堂 アネッサ レディスオープン」において、初代女王となって全英女子オープン出場権を得るに至ったかというところにありそうです。そしてここに、関係者から「何とかしてやってくれ」と日向子ちゃんの指導役を託された青木翔コーチの出番があったようです。青木コーチによると、「2年前に出会った時には才能だけでやってて、うちに来たときはボロボロ。」だったとか。そこから二人三脚の戦いが始まって、連日の如く「血のにじむような練習」を日暮れまで繰り返してスイングの基礎をたたき込んだのだそうです。上記のように、「体」と「心」に備わったものがあるところに「技」が組み込まれて「心技体」が揃って成績の急上昇が起こったようです。


<謎を追って得られる競技力向上の秘訣>
 それでいて、青木コーチは日向子ちゃんに対しては「教えない」とか「自分で感じさせる」といった言葉を口にしています。私がテニスの書の紹介を依頼した時に、我が師と頼っていた東芝同期の桜木丈爾兄は「これを読めば“強くなる”」と称してティモシー・ガルウェイ著の「インナーテニス」の本を贈ってくれました。人間にはセルフ1とセルフ2の、それぞれ頭脳系と身体系の運動心理体系があって、「とかくセルフ1がセルフ2の動きを阻害しやすい」と書かれていました。実際にセルフ1主体の指導をするコーチは多いのですが、これによって競技力を高めることはできないということが分かって、「インナーゲーム」の考え方はスキーやゴルフなど他の多くのスポーツの上達に、更に音楽演奏や、ビジネスにおいても有効であるとされてきたのですが、青木コーチは「技」は反復練習によって「身体」(セルフ2)に叩き込むことによって、セルフ1は「心」の集中力強化に特化させようとしているように思えます。渋野日向子の謎を追ううちに、様々な競技力向上のためのヒントらしきものが得られましたが、「然るべきコーチ」の存在が競技力向上のための必須条件のような気がします。


<「子型」個人名の回復を期待しよう>
 その昔、荒木大輔や松坂大輔が野球界で活躍した時には、大輔を名乗る新生児が急上昇しました。渋野日向子が、明るい人柄でゴルフには無縁の男女の間でさえ人気者になったお陰で、昨年から今年にかけて生まれた新生女児にはかなり多く「日向子」の名称が与えられることでしょう。有り難いことにお祖父ちゃんが「日向“子”」としてくれたおかげで、日本人女性の通称的な存在でありながらこのところめっきり少なくなってきてしまった「子」で終わる「子型」個人名もまたぞろ増えてくるかもしれません。もともと古代中国では、老子・孔子・孫子・孟子・韓非子などと男性の尊称に用いられ、日本でも「日本書紀」の時代には、小野妹子、蘇我馬子、中臣鎌子(鎌足)など、主に男性に「子型」個人名が付けられていました。それが親からの「女性らしくかわいらしい“子”に育ってほしい」という願いに発した女性の呼び名として普及したのですが、今は“子”の意味を“人”に昇華させて、「いつも落ち着いた振る舞いができる“人”に成長してほしい」という願いが込められたものと理解して、渋野日向子に似た「典型的日本女性」が増えてくることを歓迎しようではありませんか。