ちょっと発表



                                     2019.05.01 4組 山崎 泰
   2018年世界一周クルーズに参加して その9

<編者注>寄稿いただいた原稿はA4で22ページの分量があるため、分割掲載いたしました。波瀾万丈の世界一周もこの巻で終りです。お疲れ様。

いよいよホノルルに向けて出港し、5日間の航行にはプールサイドでのいろいろなハワイアンの催し物や、ハワイアンダンス大会などで盛り上がっていたが、途中で水平線から徐々に立ち上がる珍しい虹で、20分位かけてやっと虹の架け橋となり、通常見られる初めからの架け橋状ではなかったのに驚かされた。
 ダイヤモンドヘッドを裏側から見る形でホノルル港に入り、ホノルル港を出入りする船舶信号所として1926年に建設され、アメリカ合衆国国家歴史登録財に登録された歴史ある時計台で、1994年にはショッピングセンターに生まれ変わり、人気レストランやバラエティー豊かな店が並ぶ「アロハタワー」のすぐ横に停泊した。
 いよいよホノルル観光であるが、ほとんどの皆さんが見学の経験をされていることと存じますが、[神のいる場所]という意味を持つハワイですが、ニュージーランドやタヒチ、イースター島などに暮らしていたポリネシア人と同じルーツを持っており、18世紀にクック船長がハワイの人々と接触してから欧米との関わりが持たれていると言われ、現在ハワイに暮らす人々はアジアからアメリカまでの多国籍であるとのことでした。
 初目はホノルル半日観光に出かけ、まずは日立のコマーシャルである“この木なんの木” で知られるモアナルガーデンに行き、もとはハワイ王国を建国したカメハメハ王家の所有地で19世紀になって公園として整備され、今や[日立の樹]との名前になっているモンキーポットの大樹であるが、樹齢は約130年で、高さ25m、幅40m、胴回り7mであった。
 その後1889年に建設された、ハワイ最大の博物館であり、ハワイの歴史を紐解くビショップミュージアムについたが、ハワイ王朝に伝わる遺産や動植物の標本など、ハワイを含めたポリネシア文化圏に関する学術的なコレクションが200万点以上収蔵・展示されていろとのことで、釣りの道具や小さな漁船の多さに驚いた。
 次にアメリカ合衆国唯一一の宮殿で、1882年にハワイ7代目の国王のカラカウア王に より建てられ、舞踏会が行われる「王の間」や晩餐会が行われた「正餐室」などが保存され、装飾品なども展示されているイオラニ宮殿であり、その正面にハワイ諸島を始めて統一し、またハワイ王国初代国王の座についたカメハメハ大王像が隆々とそびえていたが、頭の冠の上に一羽の鳩がいつまでも止まっているのが滑稽であった。
 バスでヌアヌパリ展望台に向かうが、オアフ島コオラウ山脈の中朧にあり、垂直に切り 立った標高366mの崖の上の展望台からはカネオヘ方面からカイルア方面に広がる海と 山の絶景が見渡せるが、風が強く樹木のほとんどが曲がっており、帽子など飛ばされない よう注意が必要な程であるが、1795年にハワイ島からオアフ島に攻め込んだカメハメ ハ大王軍がここまで進撃し、追い詰められたオアフ軍は次々とこの崖から飛び降り、ハワ イ諸島統一を成し遂げた歴史的な場所であるとのことでした。
 2日目はフリーで歩き回ることとしまずはハワイの免税店であるTギャラリハワイBy DFS を覗きいろいろ見て歩きましたが、お土産にマカダニアナッツを探したがマカダニアナッツ チョコレートが有名で沢山あったがナッツはここには無く、道路を挟んだ対面の店で購入することとなったが、店の女性(おばちゃん)の言葉巧みさに、ついつい乗ってしまい予定以上の買い物となってしまいました。
 ワイキキビーチでの大勢の海水浴者を眺め、ダイヤモンドヘッドの写真を撮ったりして午前中を過ごし、午後からは息子が面白がって観ているテレビ番組の「モヤモヤさまあ~ず2」に度々出てくる“ハワイ出社”の“ぬしかん(神主)”が有名であるとのことで出かけてみたが、この時は留守とのことで、ここに来たことを息子に知らしめるために御朱印帳を買ってきたが、境内を見回ると社の裏に2台の自家用車が駐車していたが、そのナンバープレートを見て驚いたのは「IZUMO-1」と「IZUMO-2」で通用することであった。
 6月24日午後4時いよいよホノルルから横浜に向かって出航となったが、ダイヤモン ドヘッドを左舷に見ながらお別れとなり、途中ではコニシキバンドの演奏や日付変更線通過時にはお祭りかあり、フラダンス大会の発表会や乗船職員やホームキーパーの演目があったりして10日間の船旅が終わったが、色々なことがあった中で一番印象に残ったことは、大勢の乗客に自然に上下の階級が出来ていることで、飛鳥Ⅱの乗船回数によるものであり、中には3年間乗りっぱなしの人々、世界一周クルーズを10回も経験している人がお互いに知っている人ばかりで、我々飛鳥Ⅱに2~3回乗船者は隅で小さくかっている感じですが、前回のクルーズと今回のクルーズには作家の橋田壽賀子が一緒であいさつを交わすくらいにはなっておりました。



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