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2014.11.11    榮 憲道 

   「西部劇と私」

 私の少年時代は太平洋戦争に敗れた直後の昭和20年代である。その10年を一言で言えば、《何もなかった時代》といえるであろう。
 私が生まれたのは、足柄上郡櫻井村東栢山(現在は小田原市栢山)、足柄平野のど真ん中の酒匂川の流れに沿った純農村地帯である。お寺の次男坊とはいえ、田植えから稲刈りはじめ野良仕事はほとんど経験している。当然幼稚園など全く縁がないし、小学校ではランドセルを背負ったこともない。ちゃんとした運動靴など小学校時代は履いた記憶がない。給食の恩恵も受けていない。
 肉といえばせいぜい庭で飼っていた老鶏の肉で、豚肉も牛肉も、まして外食など論外であった。ラジオさえ子供の手のとどかないところに置かれ、家族揃って聴く大晦日の紅白歌合戦だけが唯一の楽しみであった。
 そんな中で娯楽といえば、スポーツは野球であり、そして文化・芸能といえば映画であった。学校の映画教室もあったが、「三太物語」や「原爆の子」とか「綴り方教室」など教訓的。お正月やお盆のときだけ、親から貰ったはけなしの小遣いを手にして、兄や仲良しの学友と小田原の映画館に出かけ、好みの映画を楽しんだ。超満員のオリオン座などでターザンや美空ひばりの映画も観たが、特に富貴座で観たランドルフ・スコットやアラン・ラッド、ジョン・ウエインなどの西部劇に惹かれたわけである。 
 当時、少年雑誌『おもしろブック』(集英社)に連載された小松崎茂の「大平原児」・・・テンガロンハットにネッカチーフ、ガンベルトの二挺拳銃に拍車のついたブーツ、荒馬ブライトムーンを乗って大西部を駆けるジム少年の勇姿に、アメリカに行ってカウボーイになりたいと本気に夢見た私であった。
 その西部劇の成立には、いくつかの登場人物・対立パターンがある。牧童(カウボーイ)と農民、保安官に銀行ギャングや無法者(アウトロー)、ギャンブラーと鉄火女、元南軍兵士に元北軍兵士、究極は騎兵隊や幌馬車隊とアパッチ、スー、シャイアン族などの先住民族(インディアン)である。
 蒼く澄んだ空と限りなく広い大地のもと、西部の新天地に自由を求めて前向きに生き闘った彼らのフロンテイア・スピリット。その開拓者魂のなかに流れる勇気、家族愛、友情、自由、夢、希望等々がいっぱい詰まっている西部劇・・。更に定番ともいえる、バックに流れるカントリーソングやフォスターの名曲に、〈何もない)世界の私は、よきにしろ悪きにしろ〈何でもあり〉の世界への憧れに嵌まった。
 決して日本の時代劇が嫌いだったわけではない。大河内伝次郎の「丹下左膳」や嵐寛寿郎の「鞍馬天狗」シリーズ、片岡千恵蔵の「大菩薩峠」三部作など印象が残っている。昭和30年代には、「七人の侍」を筆頭に「隠し砦の三悪人」「用心棒」「椿三十郎」等、黒澤明監督の諸作品はほとんど観ているし、萬屋錦之介の「宮本武蔵」5部作にのめりこんだが、全般的にみれば、時代劇が夜・陰・暗のイメージに対して、西部劇は昼・陽・明のイメージであり、洋画ファンであった私にはやはり西部劇の方が”好み”であった。
 私の愛蔵本『大アンケートによる洋画ベスト150』(文芸春秋社1988年刊)は、映画通366人の”好み”の洋画ベストテンを集計したものだが(もちろん日本映画版もあり大切にしている)、その順位は①天井桟敷の人々②第三の男③市民ケーン④風と共に去りぬ⑤大いなる幻影⑥ウエストサイド物語⑦2001年宇宙の旅⑧カサブランカ⑨駅馬車⑩戦艦ポチョムキン、となっている。因みに、私の一押しの「アラビアのロレンス」は14位である。
 私はこのベストテンの作品は全て観ていますが、皆さんはどう感じますか。その150本の中で西部劇は、9位の「駅馬車」に「荒野の決闘」「シェーン」「明日に向かって撃て!」「真昼の決闘」「リオ・ブラボー」「ワイルド・バンチ」が選出されている。”西部劇万歳!”の気分である。
 今でも私は、ビデオ店からレンタルしたり、西部劇10本セットのDVDを買い込んで、改めて見直したり見損なった作品を楽しんでいる。そこには新しい発見もあるし、なにやら複雑で理屈っぽい最近の映画と比べたら、とにかく単純明快で爽快な気分になれる―ーー。
 西部劇大好き人間として、この春「11期WEB」上で西部劇談義に加わり、西部劇短歌も発表した。そんなことからかどうか、《西部劇の魅力を》との幹事からの要請を受けてなんとかこんな文章を纏めてみたが、多分この私の文章ではとても皆さんに《西部劇の魅力》を伝えられたとは思えない。
 やはり映画は「百聞は一見に如かず」である。西部劇に興味のない方にも少しは西部劇の魅力が判っていただけるかな、と思われる映画三本をここに推奨したいと考えた。
 ワイオミングの大自然を背景に、アラン・ラッドの流れ者と開拓農民一家とのほのぼのとした交流、そして名うてのガンマンとの対決を描いた「シェーン」、巨匠ジョン・フォード監督の騎兵隊三部作のなかで、ジョン・ウエインが退役間近の初老の大尉を好演、そしてユーモアの溢れる「黄色いリボン」、ケヴィン・コスナーが1990年に監督主演製作、先住民と共存し彼らを守り抜いた男の生きざまを見事に活写して、アカデミー作品賞・ゴールデン・グローブ賞の2冠に輝いた「ダンス・ウイズ・ウルヴス」である。
 引き続きこの先は、私に劣らぬ”西部劇マニア”の下赤さんに引継いでもらい、最後は大親分の山本さんに締めていただけたら幸いである。  
                               (完)
                                     


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