年寄りのつぶやき・主張等 Home




「Inferno」と「みみずのたわごと」 4組 今道周雄  2015.01.14

 昨年暮れから正月にかけてぼちぼちと本を2冊読んだ。もっとも本と言っても一冊はペーパーバックで、もう一冊は正確に言えば一冊と呼べるものではない。電子ブックなので1ファイルとでも呼ぶのだろうか。Koboという端末を景品でもらい、無料ダウンロードしたものを読んだのだ。
 とりあえずペーパバックから紹介したい。
 Inferno(地獄)は「ダ・ビンチ・コード」を書いたダン・ブラウンの作品で2013年に出版された。「ダ・ビンチ・コード」が面白かったので期待して買ったのだが、筋立てに随分無理があり、納得できなかった。しかし、これを読んで改めて気付かされた事がある。それは「人口爆発」と呼ばれる世界人口の急増が、地球の未来を危うくしている事、それに対し各国政府は何の対策も取っていない、と言う事である。

 有史以来世界人口は近代に至るまで20億人以下であったが、過去の200年間に70億を超え、さらに100年後となる2100年には,120億人に迫る勢いで増えている。この小説は「果たして地球はこの増え続ける人口を養い得るのか」という疑問を投げかけている。

 ダン・ブラウンは謎解きの題材としてダンテの「神曲」を使い、事件の舞台をフロレンス、ベネッツイア、そしてイスタンブールと長い歴史と文化資産に彩られた古都に設定し、それらを次々にたどりながら話を進めてゆく。まるで旅行案内書であるかのように、寺院の構造や成り立ちを説明し、古都の成り立ちを解説するのだが、かつて訪れた事がある場所だけに興味深かった。
 この舞台で主役を勤めるのはハーバード大学の教授ロバート・ラングドンで敵役に回るのは「Transhumanist」である細菌学者ゾブリストなのだが、ここで初めて「トランスヒューマニスト」という言葉を知った。

 トランスヒューマニズムとは新しい科学技術を用い、人間の身体と認知能力を進化させ、人間の状況を前例の無い形で向上させようという思想である。だがその思想の裏には人種選別という影がつきまとう。ゾブリストは爆発する人口を抑圧しなければ人類に未来はないと主張する。ロバートはその抑圧手段がペストではないかと疑い、その在処を突き止めようとする。
 ここに至って、昨年来のエボラ出血熱の大流行が、もしやトランスヒューマニストの陰謀ではないか、などとついつい妄想してしまった。
事件は敵と味方がくるくると入れ替わり、ロバートは翻弄されたあげく意外な結末を迎える。
 
 もう一方の電子ブックだが、これは徳富盧花の随筆「みみずのたはごと」である。明治41年から45年くらいにかけて書き綴った長編で、実はまだ読み終わっていない。
 徳富蘆花は徳富蘇峰の弟で「不如帰」を書いた人という認識はあったが、作品はいままで読んだ事がなかった。この随筆は1907年(明治40年)、北多摩郡千歳村字粕谷(現・東京都世田谷区粕谷)に転居してからの田舎暮らしを克明に書いている。
 今から100年前はまだ人々は自然と寄り添って暮らしていた。粕谷の住人は季節の移り変わりにあわせて様々な行事をおこない、厳しい自然とともに生きていた。移動するには歩く事はあたりまえで、千歳村の百姓は下肥を汲取に、赤坂くんだりまで大八車を引いて出かけていたのだ。
 盧花の住居跡はいま盧花公園になっている。京王線芦花公園駅が最寄り駅で、芦花公園は環状8号線沿いに位置している。東京から4里も離れた田舎だと書いている盧花がこれを見たらどんなに驚く事だろうか。

 蓄音機を買ったら村人が総出で聞きに集まった、と書いているから当然ラジオ放送もなかったに違いない。素朴な旧態依然の農村なのだが、それにもかかわらず盧花は次のように嘆いている。
「農村に天道様の信心が無くなったら、農村の破滅である。然るに此の信心は日に日に消亡して、人知人巧唯我利の風が日々農村人心の分解を促しつつあるのだ。」
 だが、こんな環境ならトランスヒューマニズムが出てくる隙は無かっただろう。 

 100年前の話と、最先端バイオ工学の話を同時に読んで、過去100年の間の変化の急激さをつくづく味わった次第である。



          一つ前のページへ