随  筆


最近の映画事情とパリの郷愁
2015.02.01
6組 榮 憲道

 昨秋、最後の映画スターといわれた”健さん”こと高倉健が、そしてその後を追うように”トラック野郎”の菅原文太がこの世を去った。石原裕次郎、勝新太郎、萬屋錦之助、三船敏郎・・・昭和の大スターと呼ばれた男優がこれでほとんど逝ってしまった。同世代に生きてきた私にとって誠に淋しい限りである―ーー。

 さて、そんな新春早々の1月8日、キネマ旬報社による恒例の2014年ベストテンが発表された。
 日本映画は、①そこのみにて光輝く ②0.5ミリ ③紙の月 ④野のなななのか ⑤ぼくたちの家族・・・、洋画では①ジャージーボーイズ ②6歳のボクが大人になるまで③罪の手ざわり ④エレニの帰郷 ⑤ブルージャスミン・・・である。各々のベストテンの20作品の中で、私が観たのは辛うじて洋画10位の「クラッシュ/プライドと友情」。F1全盛時代の1976年を舞台に、宿命のライバルレーサー(ジェームス・ハントとニキ・ラウダ)の対決を実話に基づいて描いた作品だけであった。また昨年の『スクリーン』4月号に、「2013年度・あなたが選んだ洋画年間ベスト男女優&作品」が掲載されているが、作品は ①スタートレックイントゥ・ダークネス ②ゼロ・グラビティ ③ローンレンジャー・・・男優1位はベネディクト・カンバーバッチ、女優1位はクロエ・グレース・モレッツ・・・全くお呼びではなく、どうやら私には、現在の映画についてとても語る資格はなさそうである。
 そして選出された映画20位の中で観たのは、4位のアフリカ東岸に近年播居する海賊にさらわれた船長(トム・ハンクス)の勇気を描く実話物の「キャプテン・フィリップス」と、9位の、太平洋の真ん中で遭難したインド少年パイとベンガル虎との生きるか死ぬかの壮絶な闘いの日々を描いたアン・リー監督の「ライフ・オブ・パイ/トラと漂流した227日」の2作品のみである。
 その「ライフ・オブ・パイ」を見終えて、タヒチを舞台にした「チコと鮫」(1962)をすぐに思い浮かべた。後者は「青い大陸」「最後の楽園」のフォルコ・クイリチ監督作品である。

 たまたま磯だまりに迷い込んだ人食い鮫の子を、餌付けして馴らしたチコ少年が次第にその鮫の子と心通わせ”友達”となってゆく。しかし、成長したその鮫とは”別れの時”がやってくる。ボートに乗ったチコが青空に大きく掲げた凧の糸を、鮫は引きずってサンゴ礁の彼方の大海原に消えたゆく。そして何年か後、海中から巨大な鮫が青年となったチコの前に突然現れる。何と、その鮫の尾ひれにかすかに残っている凧の糸の切れ端・・・。

 詩情豊かな「チコと鮫」に対する荒々しい「ライフ・オブ・パイ」、確かに《よくも撮ったり》という映像で、ベンガル虎に賞でも上げたい気分になったが、この両者には時代の違いが鮮明に感じ取れる。が、やはり昭和世代の私は「チコと鮫」の方に軍配を挙げたい・・・。
 この春、大腸ポリープ除去手術で自宅静養中の私が観たいくつかの映画の中で、ウディ・アレン監督のアカデミー脚本賞を獲った「ミッドナイト・イン・パリ」(2011)がなかなか興味深かった。
 彼の作品は、1997年キネマ旬報第1位になった「「世界中がアイ・ラヴ・ユー」始め、「アリス」「ラジオ・デイズ」「カイロの紫のバラ」「カメレオン・マン」「マンハッタン」等、毎年のように同誌のベスト10に名を連ねている。ミュージシャンで脚本・俳優も兼ねた、チャップリンばりの多才ぶり、評論家の評が高いことは承知していたが、それゆえにまたそれほど好きにはなれず、これまで彼の作品は全く観ていなかった。しかしこの映画は、1時間30分という最近では珍しく短い上映時間で、パリの魅力がぎゅっとつまった佳作といえる。

 2009年、ギル・ペンダーという売れない作家が、夜中の12時の時報と共に現れたクラシックカーに導かれ、1920年代のパリにタイムスリップする。そこはジャン・コクトー主催のパーテイ会場で、コール・ポーターがピアノを弾き、へミングウエイ、フォークナー、T・S・エリオットといった作家やピカソ、マチス、ゴッホ、ダリなどの画家に出会う。そして、彼らを結ぶアドリアナという美女と親しくなるが、彼女は、ペンダーと共にタイムスリップした1890年代のベル・エポックの時代に憧れ、、ロートレックやゴーギャン、ドガなどに出会うや、「現在って不満なものなのだ。それが人生だから」と思い止どめようとするペンダーの説得も空しく、そこに居残ってしまう。
 現代に舞い戻ったペンダーは、セーヌ川の橋の上で、彼と同じくコール・ポーターの音楽が好きで、雨のパリを愛するレコード店の可愛らしい店員と再会し本当の幸せに出会う。《現代のシンデレラ》ともいえるファンタジーである。

 今年に入り、まさかの新聞社テロ事件で日本同様に大揺れのパリは、緊迫の毎日を送っているようである。パリはヨーロッパの中心として華々しい歴史に彩られているが、それゆえもあって、14世紀の英仏百年戦争、18世紀のルイ王朝崩壊というフランス大革命、そして20世紀にはナチスドイツ占領時の「パリは燃えているか」の危機一髪的状況などに直面している。きっと今回のこの状況もいずれ乗り越えられるとは思うが、私はそんな”パリ”よりも、何か夢の溢れる”巴里”が好きである。一日も早く花の巴里、芸術の巴里に戻ってほしいと、切に願っている2015年初頭である。

                                       (完)


          1つ前のページへ