随  筆


心がほっかほかとなる映画
2015.04.01
6組 榮 憲道

 人間歳を取るにつれ涙もろくなるといわれるが、私は若い頃から涙もろかった。高校時代、姉に連れられ銀映座で観たスペイン映画「汚れなき悪戯」(1955)では、神に召されるマルセリーノ少年(パブリート・カルボ)の無垢な姿に休憩時間の間も涙が溢れ出て往生したし、松本清張原作の「砂の器」(1974)では、薄幸の親子が故郷の村を追われて旅立つ時から日本各地を漂泊する30分間、とにかく滂沱の涙、涙であり、何回見直しても目がかすんでくる。

 そんな私だからこの歳となると、どんなに評価が高い作品でも死が主題とか残酷な描写の作品、悲劇的な結末の映画は観たいとは思わなくなった。誰も死なない、殺人も起らない、心がほっかほかになるような暖かい、善なる映画に癒されたい気持ちが強くなってきている。
 これまで観た数々の映画の中で、その最たるものとして今回取り上げたのが、”多分”小学校6年の時に見た「静かなる男」(1952)である。当時お小遣いで映画を見れるのはお正月とお盆のときだけ。本当は西部劇か活劇映画を観たかったのだが、洋画は富貴座だけで、仕方なく見た映画であったが・・・。

 「緑ばかりじゃないか」、ラッシュフィルムを見たリパブリック社の社長が怒鳴ったそうであるが、撮影を担当したのが、「黄色いリボン」(1947)でアカデミー色彩撮影賞を獲得した名手ウィントン・C・ホッチで、この作品で再び受賞している。緑したたる牧場とキラキラ輝く湖沼の国、世界中にこれほど美しいところがあるのか、感嘆の声を挙げたくなるような牧歌的な風景が広がるジョン・フォード監督の《心のふるさと》アイルランドを舞台にした、なごやかで豪放磊落でユーモア溢れる田園叙事詩である。
 アメリカで試合相手をKOして殺してしまい引退、失意の底で両親の故郷に戻ってきた元プロ・ボクサーのジョン・ウエインと、白いエプロンに赤いスカートがよく似合う勝気なじゃじゃ馬娘モーリン・オハラとの愛が中心であるが、そこにはジョン・フォード一家の名優たちが次々と登場する。

 「アメリカの馬鹿野郎、禁酒などしやがって」、バリー・フィッッジェラルド扮する馭者の爺さんは酒に目がない。馬車を引く馬の方もよく心得ていて、酒場の前に来るとピタリと停って誇らしげにいななく。マス釣りに興じ喧嘩に興じ賭け事大好きな、カソリックの神父らしからぬ神父はワード・ボンド。「むかし、むかしあるところに・・・」、当初ナレーションを担当するが、「ここで私が登場する」というあたりから語り手であることを止めて、いつの間にか物語のなかに入りこんでしまう。モーリン・オハラの父親で、屈強で頑固な乱暴者を演ずるのが、フォード映画の常連ヴィクター・マクラグレン。ラストの10分間のウエインとの野越え山越えの殴り合いは、映画の半分の1時間余はたっぷりあるような印象を受ける。それほどの至福な時間の流れにゆったりと身をひたすことが出来る。

 そして、「なつかしきイニスフリー」から始まって全編に流れるアイルランド民謡の数々の大合唱は、《ザ・サンズ・オブ・ザ・パイオニアズ》のグループがアコーデオンを弾きながら歌い、究極は、フランシス・フォード(ジョン・フォードの兄、サイレント時代には連続活劇の大スターだったという)がよぼよぼでかくしゃくたる怪老人を狂演。殴り合いの騒ぎが耳にはいるや、「こりゃ見なきゃいかん」、瀕死のベッドから起き上がって走り出すのだ・・・。大爆笑のうちに幸福感のいっぱいになる、くつろぎと豊かさに満ちた作品であった。
 これらの映画譚のほとんどは草思社『映画・果てしなきベストテン』における著者・山田宏一氏の文章からの勝手な引用であるが、正にこの通りの心がほっかほかになる映画であった・・・。
 この「静かなる男」と《フーテンの寅さん》シリーズは別格として、私がこれまで観た中でハッピーな映画ベストテンを年代順に挙げてみたい。

 ・「素晴らしき哉、人生!」(1946)F・キャプラ監督 J・スチュアート主演
 ・「カルメン故郷に帰る」(1951)木下恵介監督 高峰秀子主演
 ・「パンと恋と夢」(1953)ルイジ・ロメンチーニ監督、ジナ・ロロブリジダ主演 
 ・「遥かなる国から来た男」(1956)M・カルネ監督 G・ベコー、F・アルヌール主演
 ・「ハタリ!」(1762)ハワード・ホークス監督 ジョン・ウエイン主演
 ・「サウンド・オブ・ミュージック」(1965)R・ワイズ監督 J・アンドリュース主演
 ・「幸福の黄色いハンカチ」(1977)山田洋次監督 高倉健、武田鉄也主演
 ・「E.T.」(1982)S・スピルバーグ監督 ヘンリー・トマス(子役)主演
 ・「ニュー・シネマ・パラダイス」(1989)J・トルナトーレ監督 F・ノワレ主演

 もちろん2000年以降にもこのような映画がないわけではない。日本映画では、小泉堯史監督と寺尾聡がコンビを組んだ「雨あがる」(2000)や「阿弥陀堂だより」(2002)。モントリオール国際映画祭でグランプリを獲得した滝田洋二郎監督、本木雅弘主演の「おくりびと」(2008)は納棺士という職業を通して、しみじみとした情感に溢れた作品であった。

 外国映画では、オマール・シー監督の「最強の二人」(2011)。うらぶれた動物園を家族の力で立て直したという実話に基づいたマット・ディモン主演の「幸せへのキセキ」(2011)。クリント・イーストウッドが頑固親父の野球スカウトマンを演じた「人生の特等席」(2012)、ハリウッド全盛時代の〈ロマンチック〉ストーリーを白黒・サイレントという奇想天外な発想で仕上げてアカデミー作品賞を獲得した仏映画「アーチスト」(2013)などである。我が人生の晩年は、このような映画をいっぱい観て逝きたいと考えている。           (完)


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