随  筆


手に汗を握る映画
2015.07.31
6組 榮 憲道

 

 〔手に汗を握る映画〕〔血沸き肉躍る映画〕、それは映画の原点であり、映画の醍醐味である。8月の”映画エッセイ”は、酷暑を吹っ飛ばすスカッとするそんな作品のいくつかを記してみた。
 その範疇には、ショーン・コネリーから始まった《ジェームズ・ボンド》、ハリソン・フォードの《インデイ・ジョーンズ》、シルベスター・スタローンの《ランボー》、トム・クルーズのイーサン・ハント(「ミッション・インポッシブル」)などもあるが、それら”シリーズもの”はひとまず置いて、先ずは、米・西独合作、ディック・パウエル監督の「眼下の敵」(1957)である。

 第二次世界大戦の南大西洋上で遭遇した米・駆逐艦と独・潜水艦が、死力を尽くして壮烈な攻防戦を展開する。その駆逐艦の艦長がロバート・ミッチャム、対する潜水艦の艦長がクルト・ユルゲンス、この両艦長の頭脳合戦が見ものである。密命を帯びた潜水艦の進路を見極め、機雷攻撃で轟沈させようとする駆逐艦、一方、隠忍自重、起死回生の魚雷攻撃で逆転を狙う潜水艦・・・”痛み分け”に終わるこの戦いのエンディング、少し離れた両艦から、尊敬をこめて敬礼し合う二人のラストシーン・・・。戦場にフエア・プレーはあり得ないはずだが”有り得た”。これほど清清しい余韻を残した戦争映画は珍しい。
 そしてこの映画の大きな特徴は、死者が一人も出ないことである。実は日本にも同じようにな戦争映画がある。「太平洋奇跡の作戦キスカ」(1965、円山誠治監督・三船敏郎主演)である。昭和18年(1943)7月末のアリューシャン列島が舞台、アッツ島全滅の悲報を受けて、連合国の重囲のなか、すぐ隣のキスカ島守備隊5,200人を無事に脱出させるべく出動した巡洋艦隊の救出作戦を、実話に基づいて描いた戦争秘話。その後のタラワ、ぺリリュー、ガダルカナル、硫黄島、サイパン、沖縄と続く痛ましい玉砕の悲劇のなかで、唯一爽やかな日本の戦争映画。初上映後、館内は拍手が鳴り止まなかったそうである。

 次は、「ナバロンの要塞」(1961)である。冒険小説の第一人者アリスティア・マクリーン原作、リー・トンプソン監督、グレゴリー・ペック、デヴィッド・ニーヴン、アンソニー・クイン、ジア・スカラなどが競演、第19回ゴールデン・グローブ賞で作品賞、音楽賞(D・ティオムキン)を獲得している。
 やはり第二次世界大戦真っ只中のギリシャが舞台。エーゲ海のケロス島に孤立した英軍2千人を救出するためには、ナバロン島の断崖絶壁の中腹にドイツ軍が築いた、難攻不落の要塞に据えられた最新鋭の巨砲2門をどうしても排除しなければならない。そして、ドイツ軍のケロス島への総攻撃は6日後と判明、連合軍では特技に秀でた6人が特別部隊を編成、現地のパルチザンの女闘士2人が協力して敵陣深く潜行、爆破せんとする。激しい嵐のなかの上陸作戦から3時間、息継ぐ間もないスリルとサスペンスの連続で、クライマックスの攻防まで正に手に汗を握る展開となる。

 次は、数多く見た西部劇の中から「リオ・ブラボー」を採り上げたい。三人の無法者を倒した保安官が非協力的だった町の人々に愛想を尽かした保安官が町を去るという、”陰気くさい”「真昼の決闘」(フレッド・ジンマネン監督・ゲーリー・クーパー主演)の結末を知って、「赤い河」のハワード・ホークス監督が、秀作とは認めつつ、そのアンチテーゼとして「真の保安官魂はそんなものではない」と作った快作である。熱血保安官ジョン・ウエインが、アル中の元保安官ディーン・マーチン、血気盛んな若者リッキー・ネルソン、頑固一徹・老いぼれの牢番ウオルター・ブレナンという少々頼りない面々と協力して悪漢どもと対決し、ブラボー川を挟んでの攻防で勝利し町の平和を取り戻す。バックには〔ライフルと愛馬〕〔皆殺しの歌〕・・・かのD・ティオムキンの音楽が興趣を盛り上げ、男らしさがプンプン匂う西部劇の西部劇らしい傑作である。

 そしてしんがりは、日本が世界に誇る巨匠黒澤明監督の「七人の侍」(1954)である。黒澤明に加え、橋本忍と小国英雄という名立たるシナリオライターが、45日間も伊香保の旅館に泊まりこんで練りに練ったという脚本を基に、破格の撮影期間と予算を費やし、一切の妥協を排して製作した超大作である。
 それまでの片岡千恵蔵、市川右太衛門、長谷川一夫等のスター重視の”正統派”時代劇の勧善懲悪物語とは違った、侍と野武士と農民、つまり集団と集団のぶつかり合い。武士団を束ねる志村喬の軍師”勘兵衛”を筆頭に、七人の侍のそれぞれの性格がキチンとしていて、その組合わせも絶妙。そして必ずしも善良とはいえない農民たちの一面も描き、その面白さは尋常ではない。

 黒澤監督は、当初、三船敏郎に剣の達人”久蔵”を予定していたが、「ひとつ型破りなやつを入れないか」との案に”菊千代”という男が誕生させた。粗野で純情、単純で豪快、三船敏郎の意外なはまり役となった。代わりに”久蔵”を演じた宮口精二は、過去の剣道経験がゼロとはとても考えられないストイックな剣豪を演じて、身震いするほどの迫力をかもし出した。そして、ラスト30分、激しく降り募る雨中での野武士との一大決戦は、マルチカメラシステムの導入による卓越した編集で、正に空前絶後の戦闘シーンを現出させた。

 アメリカの批評で、「この監督はなんて欲張りな監督だ。映画のありとあらゆる要素がこの中に入っている」。監督自身も「ウナギの蒲焼の上にカツレツを乗っけてその上にカレーをぶっかけたような、もうこれを見たら満腹で結構ですっていうような作品を作ってやる」・・・。もうこれ以上の時代劇は二度と出てこないであろう。作家の井上ひさし氏は「七人の侍」について、「30回は見た。でもあと20回見て死にたい」と書いている。私もこれまで7、8回は見ているが、死ぬ前にあと2、3回は見たいと思っている。

                                           (完)


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