随    筆



 まだまだ青春・・・《青春18きっぷ》の旅
2016.08.25
6組 榮 憲道

 五木寛之という作家がいる。33歳(1966)のとき、呼び屋となった元人気ジャズピアニストを主人公とした『さらばモスクワ愚連隊』で鮮烈にデビューして直木賞候補となり、翌年にはロシアの反革命作家を軸にした連作『蒼ざめた馬を見よ』で第56回直木賞を受賞している。その後『海を見ていたジョニー』『青年は荒野を目指す』『デラシネの旗』など、やや退廃的な正にデラシネ(根無し草)的作品を連発して時代の寵児となった。

 その当時といえば、ベトナム戦争が激化し、中国では文化大革命、日本では学園紛争が最高潮に達していた。彼はその後、筑豊炭田に生を享けた青年の幼年期からの放浪の旅を描いた大河小説『青春の門』(1989)を完成させ第10回吉川英治文学賞を受賞するが、一時作家を中断、龍谷大学で仏教に向き合ったようだ。次第に仏教に傾倒して、『親鸞』『百寺巡礼』などの仏教関連の書、『大河の一滴』や『人生のヒント』なる連作で人生の指針となるような深く沈静した作家に変身した。そんな彼が古代インドに伝わる、人生を四つに分ける思想《学生期(がくしょうき)、家住期、林住期、遊行期》を模索・啓示し、特に『遊行期の門』で、遊行期こそ人生の黄金期なのだと提案して中高年世代を鼓吹し、多くの人の共感を呼びこんだ―ーー。

 私は今年75歳、後期高齢者の仲間に加わった。役人が勝手に分類したこの位置付けに、佐々木洋さんなどは、「高貴高麗者」という漢字を当てて抵抗しているが、年々の衰えは確実である。
 この7月25日、同期テニス会がいつもの小田原テニスガーデンで開催された。ナイターの2時間であり、当初私は欠席のつもりであったが、このテニス会を名古屋でやろうと酒の上の話があろうことか9月に実現の運びとなり、その打ち合わせが必要かなと急遽参加とした。
 正に”夏休み”である。ささやかな年金生活の私に余分な金はないが、時間はたっぷりある。昔なじみの《青春18きっぷ》の存在を思い出した。〈乗りテツ〉なる鉄道マニアほどではないが、各駅停車の旅は元来好きで若いころはよくこの切符を利用した。冷房の利いた車内に半分うつらうつらしながら、変わりゆく車窓の景色を楽しみ、乗り降りする人々の表情をそれとなく眺め、作りかけの短歌の推敲やエッセイの筋書作りなどであまり退屈はしない。

 ただこの切符、5回分ワンセットという不便さがある。それでも夏の有効期限は7月20日より9月10日まであり、「何とかなるだろう」。そう決断して購入しスケジュールを組み立てた。
 当日、同期テニス会は夜6時からなので、午前10時過ぎに名古屋を出発、豊橋、浜松、三島と東海道在来線を乗り継いで熱海に着いたのは午後3時である。時間調整に海水浴客でにぎわう熱海海岸を散策、駅前の足湯で疲れを取ってから小田原へ向かった。熱海は、バブルの崩壊や時代の流れも加わって、会社などの団体客が激減し衰退の一途を辿ってきたが、近年は家族・若者たちの街として復権いちじるしいようだ。

 老眼が進みボールを追いかけるのに苦労しながらナイターテニスを楽しみ、食事会でビール片手に名古屋遠征の確認・打ち合わせ・・・翌日は国府津に出て、何十年振りの御殿場線に乗って山合いの母の故郷・谷峨を訪ね、沼津から在来線で名古屋に戻った・・・。
 その翌週は東京での「中部短歌会」関東支部の歌会である。短歌はそれこそ私の遊行期の趣味に一つとなり、東海地区では数少ない全国的結社である「中部短歌会」に古希を超えてから会員となったが、どういうわけかその縁が深まってあちこちに顔を出すようになった。その《関東歌会》は午後1時半の集合のため、朝5時半の地下鉄の始発に乗り、また東海道在来線を乗り継いで山手線の大崎駅に到着する。いつものメンバーが10人揃って3時間たっぷり、遠慮のない言葉・歌評が飛び交う異次元の世界に浸り、五反田の料理店での懇親会で張り詰めた気分をほぐした。

 そのまま東京で一泊した私は、中央線で甲府盆地を横切り、信州松本まで行って木曽谷を下り名古屋に帰るつもりだったが、たまたま辰野駅で、最近秘境ブームで脚光を浴びている飯田線の列車がすぐ発車するとのアナウンスに迷わず飛び移った。この飯田線は長野・静岡・愛知の200キロを94駅で結ぶ長大なローカル線であり、単線のワンマンカーなのでとにかく時間がかかる。覚悟の上であったが、中間地点の天竜峡駅付近で大雷雨に遭遇、信号故障等でイライラしながら待機せざるを得なかった。その結果、家に辿り着いたのは予定より3時間の遅い夜10時過ぎとなってしまった。 

 そして、余った《青春18きっぷ》をどうしようか。残り少ない人生、行けるところがあればどこかに挑戦するかと長久手図書館で『時刻表』とにらめっこする。そして9月上旬、紀勢線を乗り継いで、新宮にある熊野神社の総本宮・熊野速玉神社とその元宮でとされる巨大なゴトビキ岩が祭神の神倉神社を巡る15時間の日帰りの旅で締めることとした。

 アメリカの詩人・サミュエル・ウルマンの『Youth』(青春)では、”青春”とは年齢ではない。たとえ年老いても、心の持ちよう次第でいつまでも青春はその人の中に存在するとして、〈希望ある限り若く、失望とともに老い朽ちる〉と謳っている。

 そうだ、まだ私は青春のさなかに居る!。吉田明夫さんはじめ「11期WEB」の皆さん、共に喜寿・傘寿を目指しましょう。そしてまた、箱根湯本の宿でふたたび会える日を楽しみにしております。

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