高校は約30分の電車通学で毎朝同じ時間・同じ車両に乗り、同じ友達と顔を合わせ飽もせず同じ話題で一日が始まった。
会社員になってからも同じ時間・同じ車両に乗るのは変わらなかったが、電車で面白い光景に出会うことがよくある。そんなことをオムニバスで幾つかまとめてみた。
◎真夏の昼、「気だるい夏の午後」をテーマの写真を撮っての帰り、田園都市線・九品仏駅 ホームは全く人影が無く小さなホームは私一人だった。間もなく一人のお腹の大きな女性がやって来て、苦しそうにお腹を抱えてベンチに反り返って座った。
私が撮ろうかなと思いつつ見ていると私に向かって右手を伸ばし「生まれちゃう、生まれちゃう」と助けを求めている。私は慌てて駅員に知らせると二人の駅員が駆けつけて来て、一人が大急ぎで戻り救急車を呼んだが救急車が来ない内に女性は赤ちゃんを生み出してしまった。間もなく救急車が来たので何も出来ない私はやって来た電車に乗ってその場を離れた。その時の赤ちゃんは今頃立派な大人になっていることだろう。
◎会社勤めになり霞が関までの通勤は小田急線代々木上原で同じ時間・同じ車両の地下鉄に乗り換えていた。電車待ち列にセンス・スタイル抜群でいつも英字の本を読んでいる超美人がいる。その人を見かけると一日が爽快にスタートでき楽しかった。
秋、箱根強羅でお茶会があり社中の女性3、4人と一緒に参席し、午前中に茶会を終え紅葉真っ盛りの山頂でお昼を食べようと芦ノ湖まで足を延ばした。遊覧船の待ち行列に並び前を見ると代々木上原の超美人がハンサムな青年と一緒にいた。向こうも気がついたようで思わず挨拶してしまいそうになったが、私も着物姿の若い女性たちと一緒だったのでチラっと目を合わせただけだった。
海賊船の甲板に立って富士山を眺めていると彼女と青年が何か話をしているのが見えたが二人とも手話である。彼がお土産ショップで売り子と話をしていていたが普通に話をしているのを見たので彼女が聾唖者であろうと察した。それから間もなく私は人事異動で職場が西船橋に移り通勤時間が早くなり彼女を見かけることができなくなった。 とにかく「素晴らしい美人」だった。
◎その日は平日の昼頃で電車は空いていた。スキンヘッドで立派な口髭を生やした強面のお兄さんが火の点いていないたばこを咥えて乗り込んできて、向かい側の優先席に座った。私の隣に座っていたおばさんが「車内は禁煙ですよ!」と云うと、「煙が出ているかよ、ババー!!」と大声で怒りライターをパチン・パチンとさせ、「空気がわるいなら、窓を開けりゃ~いいんだ!」と怒鳴って後ろの窓を全開して大股を拡げふん反り返っていた。
次の駅でおばさんは降り、電車が走り始めたら、おばさんがホームから窓越しに持っていた傘の柄でお兄さんの頭を「ポカリ」とたたいたが、お兄さんはどうにもならない。やった!お見事おばさん!と思ったが私は黙視した。怖いお兄さんは次の駅で降りた。
◎夕方のかなり混んだ車内のドアに寄りかかった会社員風の男性と身体が密着していた。 突然、彼の携帯が面白い音で鳴り、「反対方向に向かってんだ、悪りーな今中野坂上なんだよ!」と云った瞬間車内放送が何時になく明確で大きな音で「次は登戸、登戸、南武線は乗り換え」と案内してきた。私の耳元でやり取りしていたので思わず吹き出しそうになった。