悟正さんの随想
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 記念写真
2016.03.18 3組 山本悟正

 何かの社会参加をし、毎日少しでも心身に刺激を与えていたいと思い、できれば写真を通じたことがいいなと考えていた。2年前の冬が近づいた頃、新聞の折り込み広告で「カメラマン募集」の広告を見た。電話をしてみたら撮影現場を見てよかったら面接してくれることとなった。

 望ましい年齢ではなかったらしいが元気そうだし写真経験の実績を知り即採用となった。

 それは遊園地のイルミネーションをバックに観光記念写真を撮る仕事だった。
東京タワーなどの照明で有名な照明デザイナーがデザインした400万球のイルミネーションは人気が
ありクリスマスが近い週末はカップル、家族連れ、仲間グループで行列の大賑わいだった。

 大観覧車に乗るお客さんがイルミネーションを背景にしたスナップ写真を撮る仕事だった。基本的には観覧車に乗るお客さんを乗る前に全員の写真を撮り、降りてきた時出来上がった写真を見せて欲しい人が買うシステムだ。思うほど売れないが、大型観光バスでやってくる外国人ツアー客には意外とよく売れるのには驚いた。

 この仕事は東京スカイツリーなど関東のテーマパークなどに常設の他、紅葉・若葉の高尾山のロープウエー、椿の大島、富士山などいい季節の風景をバックにした記念写真を売る観光写真会社だった。

 この遊園地では3年前に始めた仕事で11月末から翌年2月始頃迄夜間だけの期間限定だった。 責任者のチーフ、社員カメラマン2~3名と私、女性大学生のアルバイト3~4名の構成だった。

 大観覧車に乗る客を順番に撮影し、データを電波で飛ばし、即時プレハブの特設小屋のパソコンでプリントし特製の台紙アルバムに入れて、順次降りてくるお客さんが気に入れば買ってもらうのである。

 冬の夜間、外での立ち仕事なので寒く楽な仕事ではないので客の誘導・整理係・撮影係・写真プリント係・販売係のチームを組み交代ローテーションで行った。プリント係は暖房の部屋で暖かかった。販売係もテントが若干風を避けるのでいくらか楽で一番大変なのは撮影係だった。

 客がスナップ撮影後30分くらいで観覧車から順に次々降りてくるので自分の撮った写真を販売する係になっていることは多かった。女子学生はプリントと販売専業だった。

 クリスマスが近くなると遊園地は大繁盛で観覧車は長蛇の待ち列ができパニック状態になった。
 撮影は立ち位置を決めて置き、次々誘導し「ハイ!カメラを見てください、撮りますよ はい!チーズ・・パチリ」と秒単位で処理していかねばならなかった。

 写真の購買率は平均25%くらいなのでロスがとても多く「儲る仕事」ではなかったので仕事に慣れてくると売上を上げたくなり販売促進に力が入ってきた。

◎ 或るペアーの写真は強烈な「キスシーン」だった。当の本人たちは写真はいらないが、買わない写真はどうするのですか?と訊くので「この写真は適切に消去しますが、それにしてもヤバイ写真ですね!」と云うと「私たち来月に結婚するのです」という、「それはおめでとうございます それでしたら、結婚披露宴の受付にこの写真を飾ったら如何ですか?」と返すと彼女は「そーね、ウエディングケーキの上に飾っても受けるね!」と3枚買ってくれた。

◎ 得体の知れない賑やかな連中8人くらいの写真は無視されていたが、販売テント後ろの喫煙場所でたばこを吸っているボス格で厳つい顔のお兄さんに「この写真 かっこいいと思うんだけどな」というと「オイ みんなカーネルおじさんがカッコいいと言っているから俺買うよ」というと仲間が寄ってきて4枚売れた。 私の頭が白く小太りのおじいさんなので「カーネルおじさん」になったようだ。彼らは忘年会2次会をフライドチキンの店でやった帰りだったようだ。

◎ 販売専門の女子学生は「お写真が出来上がっています 記念に如何ですか」を連呼するだけで客を流していて、私は「お客さんに話しかけないでください 流れが止まって混乱します」と度々叱られた。 彼女たちは去年もアルバイトしている厳しい先輩経験者だった。

◎ 車椅子のおばぁちゃんが息子夫婦・孫娘2人の5人で降りてきて、おばぁちゃんがしげしげと写真を 見ているので「とてもいい写真ですね」と褒めると息子たちが「さっき、たくさん撮った写真があるからいらないよ」と帰りかけた。おばぁちゃんは「孫たちと一緒に外へ遊びに出かけたのは初めてなのですよ」というので、「今日はクリスマスイブで日付も入っていますし有名なデザイナーの綺麗なケースですから、お孫さんにも貴重な記念になると思いますよ」というと「孫たちと親戚にも」と4枚買ってくれた。  

◎ 双子の小さな女の子を連れた若い夫婦がいた。子供が写真を欲しがると「去年買った写真があるからいらないよ、帰るよ」と促している。双子の二人はお揃いの素敵な赤いダウンを着ている。「可愛いお揃いのダウンだね、来年は着られなくなるね、今日の日付が入っているので記録になる」というとパパが「そうだね、去年は別々の服だったし、買おうか?おじいちゃんたちにも」と3枚売れた。

◎ 高校生グループは写真を買わないので基本的には撮影しないことが多いが、そんな男女学生グル―
プを撮った。中の何人かは楽器らしいケースを持っているので「部活の帰り」と尋ねると「受験がある
ので部活はもうお終いで、今日は吹奏楽部の送別会です」という。「私も高校生の時吹奏楽部だったけ
ど、こんな写真欲しかったな!」というと,何んと5枚も売れた。

◎ 会社員風の若い男女グループいて、みんな楽しそうに写真を見て冷やかしながら大笑している中の一 人が胸に「本日の主役」というリボンをつけているので「今日は何の主役ですか」と訊くと「私の誕生会をやってくれたのです」と言う。「それはおめでとうございます」と拍手し「日付が入っていますからいい記念になりますよ」と勧めると真顔でしばらく眺めていたが、「そうですね、お礼にみんなにプレゼントしたい」と人数分売れた。

◎ 小さな子供を連れた若い夫婦が記念に1枚買って帰った。翌日事務所に電話が入り「まだ、写真のデータは残っていますか? 残っていたら両方の両親にあげたいので2枚焼き増してくれますか?」と翌日の追加注文が出た。

 私が販売を担当した日は少し売り上げが上がり、過去最高の49%を達成した日もあった。
私は撮影の際いい写真を撮ってあげたいと思い、とかくポーズをつけるので会社の管理者は「全員が正面を見ていて、適正露出で写っていればいい、表情が多少良くなくとも買う人は買うし、いい写真でも買わない人は買わない、芸術写真ではないからスピードを上げて撮ってくれ、撮った写真をお客さんに強く勧めると遊園地に押し売りされたと苦情が入る」と何回か注意された。

 大晦日と・元旦を返上し寒く厳しい仕事だったが多くの家族や遊びに来た愉しい人たちと一言の会話ができ疲れを感じず社会参加でき楽しくかった。昨年の暮れ、「今年もどうか」と電話があったが自分の「写真の考え方」と違うところもあるので世話になった礼を丁寧に言い断らせてもらった。


 

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