ちょっと発表




   魚名魚字 Part 2

2014.12.07   3組 佐々木 洋

スミヤキという名の魚の話

小田原方言だった「こば」

 駒場寮に入りたての頃に同室の寮生4名と連れだって近くの焼き鳥屋に行った時のことです。なにしろ焼き鳥屋デビューの時ですから、それぞれに「モモ」、 「ネギマ」、「テバサキ」、「レバ」、「ハツ」などと書かれた紙札が貼ってあるのですが、何が何やらまったく分かりません。ですから、注文をとりに来たお 姐さんに「コバから5枚5本ずつ」と注文するしかありません。しかし、お姐さんは「はあ?」と怪訝そうな顔。そこで、「声が小さかくて聞こえなかったのか な」と思い直して、声を大きくして「あのね、コバから」。するとまた、お姐さんの「はあ?」が続きます。そんなことで、だんだんと私の声が大きくなりなが ら、「あのね、コバから」と「はあ?」のラリーがしばし続いた時、同行の寮友から私に向けて「お前、なに言ってんだよ」の声がかかりました。今度はこちら が「はあ?」の番です。しかし、全国各地から来ている他の寮友たちも同じ様に奇異の目を私に向けているではありませんか。ここでようやく私だけがわけのわ からない異国語を語る“異邦人”だったということに気が付きました。まさか、幼い頃から「コバから」を「片端から」という意味で使い慣れてきた「コバ」が 標準語ではなくて小田原の方言だったとは!後で分かったことですが、「コバ」は大工さんが使う「木端(こば)」という言葉に端を発しているようです。これ が、あたかも標準語のように使われているのは、さすが天下の箱根細工を生みだした「木工の町・小田原」(こんな表現聞いたことありますか)らしくていい じゃないかと、今ではこの“古式ゆかしい”方言「こば」を結構気に入っています。


「インフレ脱却」を果たした“初恋の魚”スミヤキ

 これとは逆に「スミヤキ」は小田原だけで食べられる魚だとばかり思い込んでいました。子どもの頃に“よく食べさせら れた”魚なんですが、小田原を離れて暮らすようになると全く目に触れることがなくなっていたからです。そして、たまに小田原に帰ってきて、たまに魚屋さん の店先を見て、たまに“小田原の魚”スミヤキに出会えた時の胸のときめき。しかし、“よく食べさせられた”ということは安く手に入ったからだったはずなの に、いつの間にか我が“初恋の魚”は高級魚になっていて、高嶺の花ならぬ“高値の魚”になっていました。経済学者までが実は「アベノーエコノミクス」の 「アベノミクス」に載せられて「デフレ脱却」などというトンデモナイ議論を真に受けてしまっていますが、本来はインフレこそが特に私たち年金生活者の生活 を脅かすものですので「インフレターゲット」を掲げるのは「アベコベミクス」としか言いようがありません。しかし、さすが「漁業の町・小田原」の水産業界 は本筋をわきまえていて、有り難い「インフレ脱却」を実現してくれています。小田原テニスガーデンでのテニスの帰りしなの行きつけになっている国府津の 「ロピア」で、“高値の魚”スミヤキが“値ごろの魚”に戻っているのを見つけてから、我が家の食卓に載るようになっています。上記の部分では“よく食べさ せられた”などと迷惑そうに使役受身の表現を使っていますが、実は脂がのっていて食べてうまい魚なんです…などと言わなくても小田原で生まれ育った人には とっくに分かっていると思いこんでいました。


“スミヤキ知らず”の 同年輩小田原人がいた!


 ところが先日(11/25)、小田高同期テニス会が雨で流れたため、急遽しつらえられた早めの忘年会のために鴨宮駅北口の「べたなぎ」に馳せ参じた同期 生5人のうち、名古屋から遠来の榮さんと11期同期会永年幹事の今道さんは、あろうことか“郷土の誇りスミヤキ”を知らずにいたということが分かり、同席 していた辻さんと杉山さんと私のTSSトリオは「へー、知らなかったの!」と一様に驚いていました。東芝の釣り仲間グループ「釣魚隊」の隊長をしている吉 武雄介さんも、小田高の後輩であるにもかかわらず、金目鯛釣りに行った時に有り難いスミヤキが釣れたのに「赤いのが釣れずに黒いのが釣れた」とボヤイテい ていましたが、これは生まれ育った時期が私たちよりだいぶ遅いので、魚を肌色で“赤黒魚種差別”するのもやむを得ないのですが、同年輩の小田原人に“スミ ヤキ知らず”がいようとは、まさに想定外のことでした。榮さんと今道さんが中学校同期だということを考えると、当時見かけが悪くて市場価値が認められにく いスミヤキは雑魚扱いにされていて、同じ小田原でも比較的食糧事情の良い地域の住民には、食用魚としては眼中には入っていなかったのではないかと思われま す。かくて「全国的には雑魚扱いされていて食べられず捨てられていたものを小田原人だけが食べていたからこそスミヤキは“小田原特産”になっていたのだ」 という“我が仮説”には小修正を加えざるを得なくなりました。


日本各地では“昔の名前”で出ていました

 ところがこの“我が仮説”は更に大幅な修正を加えざるを得なくなりました。金沢の料理屋でスミヤキを刺身にして出し て好評を得ているとテレビで報じていたからです。もっとも「スミヤキ」は小田原方言であって、“昔の名前”ならぬ標準語の魚名で出ているということが分か りました。そうです、スミヤキには「クロシビカマス」という格式高い魚名と「黒鴟尾梭子魚」というレッキとした魚字があったのです。「黒鴟尾」の「鴟」は 「とんび/ふくろう」の意味があり、「カマス」にも、先の「魚名魚字Part1」では「叺」という魚字しかご紹介しませんでしたが、「機織りの道具」を意 味する「梭」の字を含む「梭子魚」という由々しい魚字があるのです。なお、日本語はleft-branchの言語と言われ、横書きする場合左側が枝分かれ して右側の言葉を修飾する形になっているため、例えば「眠れる森の美女」といった場合に、眠っているのは森なのか美女なのか分かり難くなります。「黒鴟尾 梭子魚」も同様ですが、下の写真をご覧になるとお分かりの通り、「黒」は「鴟尾」ではなくて「梭子魚」を修飾していて「とんび状の尾をした黒いカマス」と いうのが正解なのでしょう。更に、後で調べてみると、他にも同様に「黒いカマス」を食用としている地域は他にもかなりあって、しかも、「スミヤキは塩焼き に限る」というのは私の馬鹿の一つ覚えであって、刺身の他、煮つけ、潮汁、はては、皮の唐揚げというレシピがあるということが分かりました。「デフレ脱 却」の妄言を吐く「アベコベミクス」の向こうを張って、「インフレ阻止」を旗印にした「スミヤキ党」を立ち上げたら全国区でも結構いけるかもしれません。



「炭焼き」という魚字の謎

 ところで、日本語にも複合語というのがあるのですが、複合される言葉と言葉の関係が多様ですので、時としてどのように言葉が複合されているのか分かりにくくなっている場合があります。例えば、「焼き魚」の場合には「動詞(焼く)と目的語(魚)の複合」で分かりやすく、「タコ焼き」も「刻まれた“タコ”をいれて“焼く”もの」と比較的分かりやすいのですが、「タイ焼き」となると、「“タイ”の形に似せて“焼く”もの」ということになり、字面だけでは言葉の結びつきが難しくなっています。「スミヤキ」という魚名の場合も、魚字としては「炭焼き」なのでしょうが、単純に「“炭”で“焼く”」からではなさそうです。もしそうだとするならば、ガスコンロなどがなかったその昔は、ほとんどの「焼き魚」は「炭焼き」だったからです。「脂がのっているので焼くと“炭焼き”現場のように黒い煙が立ち込める」などといった“文学的”な解釈や、「煙にまみれて働く“炭焼き(人)”のように黒くて汚れた姿をしている」などといった“写実的”な解釈もありますが、皆さんはこの魚字の由来についてどうお考えですか。小田原方言「スミヤキ」を作った小田原人の末裔として、きちんと魚字の由来を抑えておく義務がありはしまいかとあらぬ訴えをして、御名御璽ならぬ魚名魚字とさせていただきます。