ちょっと発表




   魚名魚字 Part 6

2015.03.28   3組 佐々木 洋

 カワハギ・ウマヅラハギの巻

 私は「カワハギ」ほど“非人道的な”魚名はないと思っています。 白身で引き締まった肉質なので刺身にしてよく、また、煮ると身ばなれが良いので味噌煮にしてよく、いっぱしの高級魚なのですが、下左の写真のように、布状の皮をまとっているので、食用にするためには皮(カワ)を剥ぐ(ハグ)必要があり、そこから「カワハギ」という魚名が付けられたからです。精一杯のオシャレをしているつもりの当人ならぬ当魚としては、「人間に皮を剥がれるためにこの世に生を受けたんじゃない!」と憤っているに違いありません。下右の写真のように、“カワハギされて”無残な姿になった姿をさらしていて恨めしそうにしている“魚の目”を見て少しは“魚心”を察してやってくださいな。(*写真はいずれもWikipediaより)



 

 オーストラリアでこの魚が”Leather Jacket”という素敵な名前で呼ばれているのを聞いた時には、「オーストライア人というのは、なんとヒューマニスティックじゃなくて“ウオマニスティック”なんだろう!」とつくづく感じ入りました。「カワハギ」は、フグ目・カワハギ科のご本家のカワハギ属。”Leather Jacket”というのは、例えば、分家筋のウスバハギ属の「ウスバハギ」を”Unicorn leatherjacket”とするように多用されている言い方で、「カワハギ」の正式な英名は”Thread-sail filefish”だということが分かりました。それぞれ、”thread”は「縫い糸」で”sail”は「帆」、そしてこの場合の”file”は「やすり」でしょうから、「やすりのようにザラザラした感触のある帆の形をした布を身にまとった魚」という意味で、いずれにしても”Leather Jacket”と同じように特徴的な「皮」の外見から付けられた名前のようです。魚字にもザンコクな「皮剥」の他に「鮍」という字があります。

 日本には「カワハギ」のことを「ハゲ」と呼んでいるもっと“失礼な”人たちがいます。これも「剥ぐ」からきているものですが、面と向かって「ハゲ」呼ばわりするのは如何なものかと思います。日本に来る外国人研修生の中にも、「デブ」、「チビ」と並んで「ハゲ」は禁句だと教わってくるものがいるくらいなのですから。“先覚者”の吉田さんは“名著”「馬面(うまづら)はぎ」http://odako11.net/Happyou/happyou_kumo_16.htmlに 「(オッカアは)“このハゲ面爺(じじい)!”なんて腹の中では思っているのだろう」と書かれていますが、たとえ(多分?)そう思っていたとしても、人一番心優しい奥方のことでもありますから、口には出されないと思いますよ、きっと。また、“カタギ”のはずのカワハギをつかまえて、「バクチ」だの「バクチウオ」だのと呼ぶ地域もあるということなので、「なんで?」と思って調べてみたところ、「皮がすぐ剥がれる様が博打に負けて身ぐるみ剥がされる様を連想させる」ところからついた名前のようです。確かに、おちょぼ口をしていて、釣り針に引っかからないように餌だけを食べるツレナイ魚だけにため、へっぽこ釣り師が「餌泥棒」という魚名で罵りたくなる気持ちもよく分かりますが、“カワハギの刑”に処せられまいとして、精一杯技を凝らして食べているのですから「餌取り名人」という魚名の方を採ってあげるようにしましょうよ。

 「ウマヅラハギ」は、魚名からして「カワハギ」の「カワ」を剥がれていますし、これに「馬面」という芳しからぬ表現が付け加えられています。吉田さんの「馬面(うまづら)はぎ」に載せられている写真をご覧になったら「こりゃ確かに馬面だわ」と納得されることでしょう。人間も「40歳にもなれば自分の顔に責任を持たねばならない」と言われているくらいですから、この馬面も“自分の責任”に違いありませんが、だからと言って面と向かって「馬面」呼ばわりするのも如何なものかと思います。吉田さん撮影の写真の“魚の目”をもう一度よく見てみてください。ご当人ならぬご当魚も馬面であることを恥じている…でしょ?自分が自覚しているのに「馬鹿面」呼ばわりして追い打ちをかけたりすると、セクハラじゃなくて“顔ハラ”で訴えられてしまいますよ。魚屋さんの店頭に並んでいる白っぽいウマヅラハギに「ホワイトホース」という値札が付けられていたのを見たことがあります。これに倣って、「ダークホース」とかなんとかに魚名を変えてあげればいいのにね。

また、「ウマヅラハギ」にしてみれば、「どうしてカワハギが本家で自分が分家なのだ」と怒りたくもなるでしょうね。そもそも「フグ目カワハギ科ウマヅラハギ属」となっているのですが、人間が勝手に中分類を「カワハギ科」にしたせいであって、「ウマヅラハギ科」になっていれば自分が本家になるはずだからです。「ハゲ(禿げ)」呼ばわりされるところもカワハギと同じで、カワハギが「マルハゲ(丸はげ)」、ウマヅラハギが「ナガハゲ(長はげ)」とそれぞれ呼ばれているというところまでは“差別”がありません。しかし、カワハギが魚釣りのターゲットとされ、高級魚として値付けされているのに対して、ウマヅラハギの方は魚釣りでも“外道”扱いされていて格段に低い値段が付けられているのが通例です。料理法も同じですし、美味しさも違わないのにこの違いが生じているのは日本人の「面食い」傾向が強いせいなのです。

 但し、吉田さんが「馬面(うまづら)はぎ」で書かれていた「腹を割くとかなり強烈な悪臭がする」という話に対して“臭いものに蓋をして”ウヤムヤに済ますこともできますまい。このことについて思い当たるのは「ウマヅラハギは水質汚染に強い」という話です。実際に、相模湾でやたらとウマヅラハギが釣れた時期がありました。ヘッポコ釣り師の私は、平塚の船宿「浅八丸」に乗って釣行し、狙いのタイが釣れず、船宿で大量に獲りおいていたウマヅラハギをお土産として“配給”してもらったことがあります。また、伊豆大島の岸壁で細いシロギス釣り用の釣り竿で釣りをしていたところ、いっぺんに3尾のウマヅラハギが釣れてしまって岸壁上に引きあげることができなかったため、やむなく釣り糸を切って”キャッチ・アンド・レリース”をしたこともあります。

 どちらかと言うと「ウマヅラハギ」の方が「カワハギ」より大きく30cm超になるものもいます。カワハギよりもやや深い沿岸域に住んでいますので、カワハギとは食性が微妙に違っていて、“食わず嫌い”をすることが少ないから、それだけ成長力も強くて、水質の汚染にも雑食性を高めることによって耐えやすくなるということなのではないでしょうか。また、カワハギが高級魚扱いされて“獲れたて”が市場に流通するのに対して、ウマヅラハギの方は“放っとかれ”状態にされて取引が後回しにされがちであるところから、両者の間に鮮度の差が生じているものとも考えられます。従って、「ウマヅラハギはカワハギと比べて味で劣る」という俗説も一部は真実なのですが、海の水質が正常なときは、“魚の目”を見て新鮮そうなウマヅラハギを選んで買えば、段違いに低いC(Cost)で、食べているとどちらが「丸はげ」か「長はげ」か分からないほどの美味しさのQ(Quality)を享受することができ、とてつもなくコスト・パフォーマンスの高い“ハギ食”を楽しむことができます。

 因みに、「ウマヅラハギ」の英名は”Black scraper”になっています。英和辞典によると、” scraper”は「(ゴムのへりがついた台所用)へら」という名詞ですし、” scrape”は「物を表面からこすり取る」という動詞ですので、どちらがどのように「ウマヅラハギ」の英語魚名と関係しているのか判じかねていました。そこで、折よくクイーンエリザベス号に乗って来日してきて我がウサギ小屋に投宿中のオーストラリア人の友人にブロークン・イングリッシュで尋ねてみたところ、「コヤツはオーストラリアでは見かけないな」と呟いてから、確かにWikipediaの英語版に「北海道以南の日本近海から東シナ海、南シナ海にかけての海域に生息する」と書かれているのを見せてくれました。その上、「これとよく似たLeather Jacketの動きから察すると、“岩に付いた海藻を表面からこすり取る(scrape)”ようにして食べるヤツだから”scraper”と呼ばれるようになったのだろう」という推測を付け加えてくれました。Do you understand?

 なお、吉田さんは「馬面(うまづら)はぎ」の中で、ウマヅラハギの「お尻の穴」に触れていて「このような場所の構造や原理については、非常に詳しい3組の佐々木博士」と紹介されていますが、私は「お尻の穴」に特別な関心をもっていませんので、お尻のことはシリません。「魚名と魚字について、無い知恵を絞ってネットサーフィンしながら似非博士論文を“捏造”している似非魚名魚字博士に過ぎない」というケツ論をどうぞお忘れなきように。「お尻の穴」は、“お尻”を意味する「ケツ」と、茨城を中心とした関東地域で穴を意味する「メド」から成る「ケツメド」と同じであり、「メド」には同じ「ハギ」でも植物の「萩」の一種に「蓍萩(メドハギ)」というのがあるという蛇足を加えて、今回の捏造レポートのケツ末とさせていただきます。