ちょっと発表



 

2015.12.17   3組  佐々木 洋
 魚名魚字 Part12  ハタハタとブリコの話


秋田の魚”ハタハタvs“いわきの魚”メヒカリ

 コラ、秋田音頭です(ハイ、キタカサッサー、ヨイサッサ、ヨイナー)♪で始まり、秋田名物の数々を歌いあげる「秋田音頭」のしょっぱなに出てくるのが、「八森ハタハタ」、次いで「男鹿で男鹿ブリコ」となって、ここでまた(アーソレソレ)の合いの手が入ります。「一を聞いて十を知る」というのなら良いのですが「一事が万事」とする思い込みヘキが強い単細胞の私は、“一事”の秋田音頭を聞いて「ハタハタは秋田の魚」が“万事”だと思い込んでいました。ところが吉田さんのグルメ・レポート「ハタハタは何処へ行った」によると、「ハタハタは秋田名物というが、実は新潟・山形・青森・北海道でもハタハタ漁をやっている」というのでビックリ。東芝を定年退職した2001年から東北大地震が起こった2011年まで福島県いわき市の妻方実家で起居していた時に、遠来の来客がある都度「いわきの魚」と称してメヒカリの唐揚げを供して絶賛を博していた頃の事を思い出しました。放射能禍が起こってから「いわきの魚」が魚屋さんの店頭に並ぶことがなくなり、代わって、茨城沖、愛知沖はては日向沖といった「よそもの魚メヒカリ」が売られるようになった時に感じたビックリの再現でした。

ハタハタの“DNA鑑定”の結果
 そこで早速“不審尋問”をしてみたところ、ハタハタは「スズキ目」という超大所帯に所属はしていますが、「ハタハタ科/ハタハタ属/ハタハタ種」という“一家”を構える一かどの人物ならぬ魚物だということが分かりました。但し、“DNA鑑定”をしてみると、A.北海道太平洋群(北海道周辺を繁殖海域とする個体群)、 B.日本西岸群 (鳥取県から秋田県沖の主に日本海を回遊する個体群)とC.朝鮮半島東岸群(朝鮮半島東岸を繁殖海域とする個体群)の三つの個体群があるのだとか。グルメ・レポーター殿曰くの新潟・山形・青森県産はB群ですが、北海道産はA群で、食味がビミョーに違うはずです。しかも、同じB群でも、漁獲量が多い産地の一つである鳥取県では、ハタハタはシロハタという名前で出ているそうですが、「秋田県周辺で獲れるハタハタは産卵の為に海面近くまで寄って来た親魚を獲り、卵を抱えているのが特徴であるのに対し、鳥取県周辺で獲れるハタハタは餌を求めて日本海深海を回遊しているハタハタを底引き網で漁獲するため、卵がないかわりに脂がのっているのが特徴である。」と明言する“証人”もいることですので、更にハタハタについてグルメ・レポートをされる場合にはご用心…と、余計なお節介の一言を献上します。

雷と波と班が由来の魚名と魚字
 ところで魚名の「ハタハタ」は、現代の「ゴロゴロ」にあたる古語での雷の擬声語「ハタハタ」によるのだという説があります。「ゴロゴロ」と「ハタハタ」の語感がまるで違うので“ウッソー”と言いたくなりますが、なにしろ日本語の動物の鳴き声の擬声語が英語では、犬が「ワンワン」から “bow-wow(バウワウ)”になるのはともかく、羊が「メー」から “baa(バー)”、馬に至っては「ヒヒーン」から “neigh(ネーイ)”になっちゃうんですから、雷だって聞きようによれば「ハタハタ」と聞こえる…のかなあ?同じ古語由来説でも、古語で雷がゴロゴロと鳴るのを「はたたく」といったことから、雷光、稲光のことを霹靂神〈はたはたがみ〉と呼んでいて、「海が荒れて、雷鳴とどろくようなときに獲れるからハタハタなのだ」という説の方が、魚字が魚編に「雷」で「鱩」、または「雷魚」、「神成魚」となっていることからも素直に受け入れられそうな気がします。魚編に「神」で「鰰」と書く魚字もあり、これについては「体の模様が富士山に似ており、めでたい魚として扱われたため」というマコトシヤカな説がありますが、これも由来は「霹靂“神”〈はたはたがみ〉」がらみに違いありません。その他、冬の日本海の荒波の中、“波”の“多”い時期に漁獲することが多いから「波多波多」という“魚字兼魚名”が生まれたという話もありますし、雷や波にはお構いなしに、魚体の「班ハン、ハタラ」に注目して、「ハタラ」の縮語「ハタ班」つまり斑紋の多いこの魚を「班班」とする魚字もあります。11月から12月ごろを漁期とする秋田と違って9月から5月ごろが漁期となっている鳥取で「シロハタ」と読んでいるのも、「班ハタラ」つながりで、敢えて魚字といえば「白班」となるのでしょう。

ハタハタ迷惑な学名と英文魚名
 学名はArctoscopus “japonicas”で、英語の魚名もSailfin sandfishの他に“Japanese” sandfishということがあり、日本特産のように勘違いされがちですが、上述のように、C.朝鮮半島東岸群(朝鮮半島東岸を繁殖海域とする個体群)という“朝鮮籍”のハタハタもいるので注意が必要です。Sailfinは「帆(sail)のような鰭(fin)を持った魚」といった意味でしょうが、私のように発音が悪い者がsalfin fishと口にすると、“selfish(利己的)”と聴き取られたりしてエライことになりかねません。「朝鮮半島も属している海域を日本海と称するのはselfishだ」という議論につながって、「ハタハタを日本魚と称するのは利己的だ」となって、“日韓国境問題”に巻き込まれた命名責任もないハタハタがハタ迷惑を被ることになるからです。

秋田県民の食卓に欠かせぬ存在
 秋田と言えば、百寿、千寿、万寿のようにランク付けされている清酒「久保田」が有名ですが、この「久保田」の名は「秋田藩」の別名である「久保田藩」に由来しているようです。そして、その藩主が、室町時代以来の常陸守護の家柄であったが、関ヶ原の戦いにおける挙動を咎められて出羽国(後の羽後国)秋田へ移封されてきた佐竹氏。そして、佐竹氏が秋田に移封してきた年以降大漁になった事から「サタケウオ」とも呼ばれていて、ハタハタが佐竹氏を慕って水戸から秋田にやって来たという伝説もあるのだそうです。それもあってか、今でも秋田県の県魚に指定されていて、煮魚や焼き魚、干物、鍋物、飯ずしに調理されるほか、冬の初めに大量に買ったハタハタを、各家庭で塩漬けや味噌漬けにして冬の間のタンパク源として利用するなど、秋田県民の食卓に欠かせぬ存在になっています。「しょっつる」(塩魚汁または塩汁)もハタハタを塩漬けにして発酵させ魚醤として加工したもの。ハタハタ、野菜、豆腐などを入れて作る「しょっつる鍋」だけではなくて、秋田名物の「きりたんぽ」など幅広く使われています。

はたまたハタハタ不漁とは!
 吉田レポートから、ハタハタが入手難になっている現状を知らされたのにもビックリしました。昭和40年代までは大量に水揚げされ、最盛期には15,000トンを超える漁獲量があり、漁師の皆さんを「箱代も出やしない」と嘆かせるほどの極めて安い値段で流通していたことから、一般家庭でも箱単位で買うのが普通であったこと。その後、乱獲などにより急激に漁獲量が減り、昭和54には最盛期の1割にも満たない1,386トンまで落ち込んでしまったこと。しかし、3年間にわたって施行された全面禁漁が奏功して、2002年以降は産卵のため浜に大量に押し寄せて来る姿が見られるようになって、日本海沿岸各地のハタハタ漁場が往年の賑わいを取り戻しつつということを知っていたからです。喉元過ぎればなんとやらで、再び乱獲が始まったせいなのか、それとも異常気象による潮流変化などのせいなのでしょうか。

ブリコが高めるハタハタの商品価値
 ハタハタの魚卵がブリコ。ハタハタ漁の時期、メスの多くは直径2-3mmの卵をたくさん腹に抱えており、この卵の周りはヌルヌルとした感触をもった粘液で覆われています。このため、それぞれの粒が離れ難いので「不離子(ブリコ)」と呼ばれるようになったという説があります。しかし、そんなメンドクサイ語源説より、「秋田に国替えになるまでは、正月にはブリを食べていた佐竹の殿様が、常陸のブリをしのびながらハタハタを賞味していて、その卵巣を“ブリの子”と呼んで愛でていた。」という説を採りたいと思います。実際に、旨味が濃厚にあってねっとりと舌にからむブリコを賞味した経験があれば佐竹の殿様の気持も分かろうかというものです。身のうまさだけでも一級品のハタハタですがブリコが入っていなければ値打ち半減と言われます。グルメ・レポーター殿が「メスのハタハタ」にこだわっているのも、決してフェミニスト“ブリッ子”しているわけではなくて「あのブリコの何とも言えない食感」に惹かれているからこそなのだと思います。

“親子別本籍”の謎
 ところで、ハタハタとブリコは親子なのに、秋田音頭で「八森ハタハタ」、「男鹿で男鹿ブリコ」とそれぞれの産地を歌い分けられているのでしょうか。「八森町」が峰浜村と合併してできた八峰町は、秋田県北西部の山本郡に所在する町ですが、そこの八森港では“親”のハタハタが大量に水揚げされる。これに対して、“親”のハタハタが産卵のために大量に接岸してくる男鹿半島の海岸では、ホンダワラなどの海藻に産みつけられた“子”のブリコが、海岸に打ち上げられて捕獲される。ここに“親子別本籍”となる理由があるようです。実際に、藻場が少ないためそのまま産み落とされたブリコが圧倒的に多くて、海が時化るたびに打ち上げられて砂浜狭しと広がり“ブリコ海岸”の様子を呈するのだそうです。現在は保護のためブリコの採取が禁じられていますが、かつては今よりももっと沢山採れ、子供のおやつになっていたのだとか。今では打ち上げられたブリコを人が海に帰しているそうですが、ハタハタのお母さんたちが親としての“自覚”を持って、波によって打ち上げられにくいところに産卵するようになれば、“自立資源リサイクル”ができるようになって、ハタハタ入手困難でグルメレポーター殿の気を揉ませることがなくてすむようになると思います。