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友人からのコメント -その2-

2014.04.07    3組 佐々木 洋


 佐々木さん (吉田龍夫より)

ご連絡ありがとうございます。
はいそうです、その「タッチャン」です。
貴殿とは確か小学校低学年のとき以来ですよね・・・・
中学、高校とはほとんど交流がなかった。
だからどうしても「おとなしい佐々木くん」のイメージがあれらの文章と結びつかなかったのです。
(それと、4組と6組の中で考えたので・・・)
明夫に返事を書いてから、「桜便り」を読んで・・・・
ああ、もしかしてあの「蕎麦屋の子」かもしれないと思い出したのです。
失礼しました。

恵藤さんとの関係も奇遇ですよね。
でも、あれ以来彼にも会っていません。
よろしくお伝えください。

(明夫へ、  このHPのつながりも大したものだ!)

私のインチキ「反戦」は貴殿より遅い。
ノンポリ学生だった私は偶然あの日に履いていた長靴をデモにいく友人に貸して、
まっすぐ小田原まで帰ったことを今でも悔やんでいます。
その後、社会人となって組合活動に参加しました。
「労働者の権利」「搾取」を通して、真の正義とは何かを学びました。

その活動で中学からの音楽活動も10年以上中断し、
40の手前で始めたのが、明夫が紹介してくれた「ターフェルムジーク鎌倉」です。
恵藤さんもその練習トラ(エキストラ・楽員や楽器が足らない時の助っ人・・・「編者㊟」)に一度だけ参加されたのです。
よく覚えてくれていたものです。

小田原にはめったに行きませんが、
2年前、女房と入生田の櫻を見に行きました。
帰りには板橋で降りて、さいかち通り、旧自宅前、柳屋パン屋、箱根口、本町小学校前、
藤棚、お堀端を通って駅へ・・・と子供時代の思い出に浸りながら歩きました。
随分と整備されて綺麗になったのには驚きました。
子供の頃の藤棚などはお堀が腐っていて近づけなかったものでしたよね。

貴殿は今でも御活躍のようですが、
私は2011.11にその「ターフェル」を打上げて以来、家でゴロゴロしているだけです。
体力も気力も衰えてきて困っています。


② タっちゃん (佐々木より)

「恵藤さん」の絡みで大変懐かしいお名前に接して嬉しく思っております。貴兄にはよく覚えていただけていないようですが私は幼少の頃の「タっちゃん」をよく覚えていますよ。確か、お父様が映画館を経営されていたのでは?両親に先立たれてショボくれていた私に“憧れの映画”を見せてくれた「タっちゃん」には特に大感謝でした。Web11で吉田明夫さんが正しく注を付けてくれた通り、箱根口の「東喜庵」が私の実家筋で、現在は私を実の親として育ててくれた叔母夫婦が再建した店を、その息子(私んとっては従弟)が継いで経営しています。ご説の通り、「そいつはおとなしくてとてもこんな頑固な文章を書くようなやつではなかった」のですが、大学進学後に1960年安保デモに参加するようになってから、「おとなしくなくなって、頑固な文章を書くようになってしまった」ようです。毎週水曜日には早朝小田原に行ってラジオ体操に加わるのですが、先週(4/2)はラジオ体操の後で、「タっちゃん」のご実家から程近い西海子(サイカチ)通りを訪れて、ピンボケになった思い出を辿りながら桜並木のピンボケ写真を撮ってきました。小田原保健所は跡かたもなくなっており、かつての入口あたりにあった看板で「サイカチの木」というのがあることを初めて知りました。ご存知でしたか?

 
ファゴットの恵藤さん
 
   

 佐々木さん (瀬戸章嗣より)

 お早うございます。メールありがとうございました。
これから、新潟の娘の嫁ぎ先での急な別れに出かけるところです。

 今年は、カレンダーの空きを、半分以上にする取り組みを始めています。 若い頃からの<凡才人生100年>を目標に生きている私としては、昨年からの、各種加齢確認現象から、ここは一つの節目かと
思って、前向き対応と思っているところです。

 WEB11も読んで楽しむ側にいることが多くなると思います。段々投稿者が増えてきているのが楽しみです。


④ 瀬戸さん (佐々木より

 お早うございます。お久しぶりです。メール有難うございました。嬉しく拝読しました。

 いつもWEB11にコメントいただき感謝しています。特に、常々寄稿文が長大なものになってしまいますので、「誰にも敬遠されていて読んでくれる人がいないのではないか」と内心危惧しておりますので、反応を表していただけると救われるような思いがします。お気に召さない記述などがありましたら、それこそ“同期の誼で”ヅケヅケと辛口コメントして下さい。

 「さくら狩人・湘南版」は、当初「シャシャリ出になり過ぎるから」と差し控えていたのですが、吉田さんから背中を押されて寄稿に踏み切ったものです。吉田さんは、瀬戸さんと違って私の「さくら狩人・福島版」をお読みになったことがなかったようで、寄稿した原稿を見てその長大さに改めて驚き呆れられたようです。しかし、私としましては原稿を書く段階で色々な知見を得ることができ楽しい思いをさせていただきました。「山北」については思いがけず瀬戸さんの縄張り荒らしまでさせていただいてしまいましたが。

 「戦争と平和を考える」については、瀬戸さんが参加されたフォーラムに私も駒場L1-12B同級の友人Nから誘われていたのですが、先約があって出席することができませんでした。しかし、瀬戸さんがWeb11にレポートして下さったお陰で、友人Nにそれを転送して参加勧誘のお礼に代えさせていただくことができました。有難うございました。同文につぃては、思いがけず吉田龍夫さんから間接的に”あんな頑固な文”と評されてしまいましたが、昨日は、3組の根岸俊郎さんの弟と同級だったという小田高の後輩からいきなり電話がかかってきて「まさしく小田高の心が感じられる文章を掲載されたのを嬉しく思います」という旨のコソバユイ思いをさせられました。

 しかし、あまりにもシャシャリ出の度が過ぎていて「最新投稿」欄の「佐々木洋名シェア」が高くなり過ぎているので、暫く自粛しようと思っていたのですが、吉田さんが私信を「友人からのコメント」としてアップロードしてくれたのでまたぞろ心ならずも“シェアアップ”してしまいました。ご親切に<双方向コメント>欄や<今日の話題>爛、<老人のつぶやき>欄についてご紹介いただきましたが、「佐々木洋名シェア」が充分下がるまでは、これらも含めて暫くは投稿を自粛していようかと思っています。(そんなこと言わずに。少ないときは少ないのです。編者)どうぞ、私に代わって「瀬戸章嗣名シェア」を存分にお高めください。      毎日WEB11を開くことを日課とし楽しみにしておりますので。


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