ちょっと発表


国の見方と見られ方

3組  佐々木洋   

"国民"の目が及ばないところで決定されている国家予算

 国会の予算委員会で平成31年度の国家予算の審議が行われていましたね。そして、国民の理解を促そうとしてNHKも連日これをテレビ報道していましたが、ご覧になっていて「一体どのような予算規模になるのか」ご理解いただけていたでしょうか。基本法である日本国憲法では、予算編成権は内閣にありとして、「内閣は毎会計年度の予算を作成し、国会に提出して、その審議を受け議決を経なければならない」としています。一方、国会は「国権の最高機関」とされています。「国権」と言っても、活動の源となる予算を得なければ実践することができないのですから、毎会計年度の予算作成に当たっての「国会の審議」には、「国権の最高機関」らしさが発揮されなければならないのですが、残念ながら、国会の予算委員会による審議の結果、内閣の提出した予算案に具体的な修正が加えられたという実例を見たことがないように思えます。予算案を国会に提出するのは「内閣」とありますが、内閣総理大臣以下各政治家大臣は行政の素人ですから予算案を作成することなどできるはずがありません。内閣総理大臣の意を“忖度”して各官公庁が事務次官を頂点とする機構の中でそれぞれの予算案を策定し、財務省がこれを査定して取りまとめるのが「内閣」予算案です。従って、"国民"の代表である国会議員の手が届かないところで予算案が編成され、国会でも「国権の最高機関」らしい審議を得ないまま決定されているのが国家予算であり、これによって「国権」として行政が運営されていることになります。

ポピュリズムのもと、くらまされる“国民”の目と心

私は昨年、「軍港めぐりツアー」の船に乗って横須賀港を巡回し、一隻数千億円するというイージス艦が"無為"のまま2隻並んで停泊しているのを見てビックリしました。財政窮乏化につき、老朽化が進んでいる社会インフラに対する保守予算もつけられていない状態にあるというのに、"放縦“な予算が防衛費に充てられている実態を目の当たりにしたからです。防衛費予算も、"国民”の目と心の届かないところで伸長を続け、今や、アメリカのGF(Global Firepower)が算定した世界軍事力ランキング(2017年)では第7位に‴躍進"しています。平和憲法のもと、“国民”の警戒心が強い中で、警察予備隊を設立し、これが保安隊に“昇格”される頃には“戦力なき軍隊”という詭弁も用いられました。平和憲法の目をかいくぐりながら、自衛隊という美名を持つに至ると今度は、小泉純一郎前首相が「現実に軍隊が存在しているのにそれを容認していない憲法がおかしい」と逆に平和憲法を非難するようになり、“国民”の見解もそちらに誘導されるようになるのですからポピュリズムというのも恐ろしいものです。更には、安保条約についても、安倍晋三首相のもと、平和憲法の下“軍隊を持たない日本”ではありえない「共同軍事同盟」の性格が与えられ、「同盟国のアメリカが敵国からの攻撃にさらされ期待に瀕している時には自衛隊が出動する」ということになり、しかもこれには「戦争行為に当たらない」という解釈がなされています。アメリカの敵国に対して軍事力を行使すれば、その敵国から敵国視され、それをきっかけとして戦争の火ぶたが切られるということが十分あり得るのに。日本国民としてはのもと、自らの目と心がくらまされ、真実が見えなくなっているということを自覚する必要があると思います。

天皇に見習って私たち日本国民が「心」を示すべき時

 日本は韓国と1965年に日韓基本条約」とともに「日韓請求権協定」を結び、これによって、日本政府は韓国に対して「3億ドルの無償経済支援」を行ない、その代わりに韓国は「個人・法人の請求権を放棄」すると決まりました。しかしこれも、「国権の最高機関」である国会で議論することもなく、国民の目と心の届かないところで、官僚が協定案を作成して韓国側に根回しした結果政治家総理大臣が協定に署名することになったのでしょう。ですから、なぜ無償経済支援を行う必要があるのか自らの目で真相を見ようとすることもなく、単に「日韓間の戦争補償問題は金で解決されている」と内心で思い込んでいる日本国民が大半なのだろうと思います。韓国の文喜相国会議長が従軍慰安婦問題で天皇の謝罪を求めましたが、その裏には、朝鮮民族が負った犠牲に対する「日本人の心の発露が欲しい」という強い願いがあったものと思われます。実際に、日本国内の自然災害被災地を訪れられる天皇・皇后両陛下のお姿からは、“日本国の象徴”としてのあるべき姿を模索されながら、“国権にあずからぬ立場ならではの”純粋な「心」が感じ取れるような気がします。私たち現代の日本人のほとんどは朝鮮民族蔑視・虐待に加担したわけではありません。しかし、“チョン”という朝鮮民族を指す蔑称がそのまま用いられたかのような“バカチョンカメラ”という言葉が、民族差別用語として自粛されるに至るまで、日本語単語として平然として使われていたことから見ても、日韓併合時代から日本国民が朝鮮民族を“上から目線で”見てきたことは紛れもない事実のように思えます。元従軍慰安婦の皆さんも「金では解決できない苦汁」を経験されてきたことでしょう。文喜相国会議長の発言に「無礼」として抗議するのはお門違いで、ここは、天皇陛下に見習って、私たち日本国民が「心」を示すべき時なのではないかと思います。

不足している「日本の姿」の海外へのアピール

韓国の文喜相国会議長は、天皇をもって「戦争犯罪の主犯の息子」と評しました。確かに「大日本帝国憲法」を見る限り、天皇大権が規定されていて、天皇中心の中央主権国家が形成される基礎が与えられています。しかし、こと戦争の遂行については天皇大権によるものではなく、時の実質的な為政者達のもとに企てられ進められたものであるという解釈が成立しており、然るべく戦争犯罪者の責任が問われていることは周知の事実のはずです。しかも、日本国憲法のもと、天皇は“国民の象徴”として位置付けられ“政治的権能を有しない”存在として規定されています。従って、「天皇に対して謝罪を求めるのは時代錯誤である」というのが、韓国の文喜相国会議長の発言を“暴言”扱いにしている首相や外相の論拠となっているのでしょうね。しかし、韓国国内からは文喜相国会議長の“暴言”を諫める声が一切伝えられてきていません。これは日本国憲法のもとにおける天皇のあり方についての考え方が韓国側に伝えられておらず、大日本帝国憲法における天皇と同様な位置づけがなされ続けているせいだと考えることができます。安倍晋三首相は、政府専用機を乗り回して諸外国を訪れて、トップ外交に勤しんでおられます。韓国に限らず、外国を訪れる際には、米国一辺倒の議論を弄ぶのではなくて、「日本国憲法」のもと蘇生し変貌した日本の姿を海外の要人や国民の皆さんにアピールしてほしいものだと思います。

アメリカが北方領土問題で日本に加担できないわけ

北方領土返還問題について色よい対応を見せてこないロシアについても、これを「悪」だとすることが日本人の中では一般的な常識になっているように思えます。しかし第二次大戦中は日本こそ、ジョージ・ブッシュ流に言えば、ドイツ、イタリアとともに「悪の枢軸」に位置付けられていたのですから、ソ連側としては、ソ連国民にとっても“悪との連携”としか思えなくなった「日ソ中立条約」を“悪国・日本”との間で締結していたことを悔やんでいたことでしょう。一方、自国の戦力を消耗させながら対日戦で南洋諸島を中心に攻勢を強めていたアメリカは、戦争の早期終結のために当時ドイツと交戦中であったソ連の対日参戦を画策しており、1943年(昭和18年)3月の米英ソ外相会談では、ルーズベルト大統領の意を帯して、千島列島と樺太をソ連領として容認することを条件に参戦するようソ連に要請しています。そして、“悪国・日本”と連合国との“二股”をかける形になったソ連は、文句なく連合国側に与することとし、1945年(昭和20年)2月には具体的に「ドイツ降伏後3カ月以内に対日参戦する」ことを連合国側に約束する一方、 同4月には「日ソ中立条約の延長を求めない」ことを日本政府に通告してきたのです。そしてその直後の1945年5月にドイツの降伏が実現。今度は、ソ連が、連合国との「ドイツ降伏後3カ月以内に対日参戦する」という約束を守るために躍起になる事態となったわけなんです。安倍首相は、拉致問題について北朝鮮に対して直接働きかけようとせずトランプ大統領のお世話になろうとしていますね。大国ロシアとの領土問題にこそ同盟国アメリカの助力が必要なところですが、アメリカには1943年(昭和18年)3月の米英ソ外相会談という‴筋“があるから動くに動けないわけなんですね。

8月15日を「終戦日」とするのは日本人だけ

なおも、「終戦日」8月15日を過ぎて9月5日に千島列島の色丹島を占領するところまで侵攻を続けたソ連を“悪”とみなす日本人は多いようですね。ソ連対日参戦を受けて、8月14日に日本は御前会議において鈴木貫太郎首相が昭和天皇の判断を仰ぎ、7月26日に連合国から示されていたポツダム宣言の受諾を最終決定した結果発せられたのが、天皇がポツダム宣言の受諾に関する勅旨を国民に宣布するために肉声(玉音)を発せられた8月15日の玉音放送でした。しかし、ポツダム宣言は、アメリカ合衆国大統領、イギリス首相、中華民国主席の名において大日本帝国(日本)に対して発されたもので「米英支三国共同宣言」とも呼ばれているものですから、ソ連にしては「勝手に始めた戦争を勝手にやめさせるわけにはいかない」という思いで、むしろ米英との約束を果たすことに全力を傾けていたのだと思います。要するに、北方では戦争が続けられていたわけです。ソ連軍が千島列島東端の占守島に攻め込んできた時には日本帝国陸軍も応戦しており、軍命により日本軍が降伏して停戦が成立したのは8月21日だったそうです。「玉音放送」は、終戦のための重大なイベントではありましたが、法的にも事実上も根拠のないもので、本当の終戦に向けたプロセスの一部でしかなかったのです。実際に、国際的には、大日本帝国政府が公式にポツダム宣言による降伏文書に調印した1945年9月2日を終戦日とすることが多く、日本人だけが8月15日を「終戦日」としているようです。

政治家たちの「観照」力を評価してみよう

学生時代に「観照」という言葉の重要性を学びました。「主観をまじえないで物事を冷静に観察して、意味を明らかに知ること」という意味ですが、安倍首相以下日本のポピュリズム政治家たちの言動を見ていると全くこの「観照」の姿勢がないことに気が付きます。かの松下幸之助氏も「人生心得帖」に、「自己観照」について「自分で自分を、あたかも他人に接するような態度で外から冷静に観察してみる、ということです。いいかえると、自分の心をいったん自分の外にへ出して、その出した心で自分自身を眺めてみるのです。」と記されているそうです。「観照」することなく、日本こそ「正」であり、これと反する主張をする国を「悪」と位置付けるのは極めて浅はかな考え方です。国際関係を「正」と「悪」の対立として描く世界観からは、「悪」は「正」が闘って絶滅させるべき対象としてしかみられないからです。各国とも“筋”を通して自国が「正」であると主張しているのですから、「観照」しあってお互いの“筋”を認め合った上で然るべきgive & takeの関係を築き上げなければ、まともな外交関係は成り立つはずがありません。政府専用機を乗り回して諸外国を訪れているだけで「観照」から程遠い総理大臣から国益が得られることは決してないのです。ポピュリズム政治家たちの言動に盲従することなく、自らの「観照」の根を深め広げることによって、政治家たちを評価選択しなおしていくところにこそ私たち日本国民は活路が見い出せるのではないかと思います。