ちょっと発表


日本の道路行政の不格好さ

3組  佐々木洋   

 その昔、「郵政民営化は改革の本丸」などと訳の分からないことを口走っていた総理大臣がいました。そして、その勢いに乗って、道路公団の民営化が進められたのですが、諸兄姉はこの“改革”の成果を満喫されておられるでしょうか。確かに日本の民間企業はTQC(Total Quality Control)という経営思想のもとに優れたQCD(Quality Cost Delivery)特性を整えて「顧客の満足度を極大化する」ことを念頭に世界市場を制覇していましたが、そこには「TQCと市場競争ありき」の条件があったからだと思います。道路公団の「民営化の目的」の一つとして、「民間ノウハウ発揮により、多様で弾力的な料金設定や多様なサービスを提供」という項目が掲げられていましたが、経営主体を官から民に移したころで「TQCも市場競争もない」ビジネス分野ではさしたるQCDの改善はありえないのではないかと私は思っていました。


<必要経費をそのまま販売価格に上乗せする>
 先日辻堂から熱海梅園までドライブした時に一番驚いたのは、湯河原町と静岡県熱海市を結ぶ有料道路「熱海ビーチライン」の通行料が、従来の300円から470円に大幅にアップしていたことでした。ここは、小田原市根府川と湯河原町を結ぶ「真鶴ブルーライン」(通行料200円)とともにETCカードが使えないので、100円玉5枚を予め用意していたのですが、熱海ビーチライン入口のところで、これでは支払い不能だと分かって、財布から1000円札を出動させる手間がかかりました。後日調べたところ、昨年の12月20日から値上げしたもので、道路運営会社のグランビスタホテル&リゾート(もともと民営企業)によると、「消費税増税や台風被害による復旧費などを踏まえた対応」なのだそうです。しかし、300円から470円への57%値上げですよ。例えば、台風で旅館が被害を受けたとして、その修復費をカバーするために宿泊料金を57%も値上げすることができるのかってことですね。こんな風に必要経費をそのまま販売価格に上乗せすることなんて、「TQCも市場競争もない」“独占的民営企業”にしかできないことだとつくづく思いましたよ。腹が立って、帰路は「熱海ビーチライン」は通らずに一般道路を迂回して「お前のところは独占企業じゃないんだぜ」と言い聞かせたのですが、ごまめの歯ぎしりにしか聞こえなかったことでしょうね、“独占的民営企業”殿には。


<道路会社には“顧客意識”がまるでない>
 通行料金については、西湘バイパスでも、かつて随分と妙なことをしていましたよ。大磯・小田原間が普通車で150円だったところ、いったん小田原の方を外延して石橋ICが開設されるとなると250円に値上げされたのです。こちら相変わらず大磯・小田原間しか走らないので顧客満足度は一向に変わらないのですが料金だけ無条件上乗せになったわけです。今回ドライブして、大磯本線→小田原260円に加えて、更に小田原→石橋ICが210円上乗せ課金されていることに気が付きました。また、これとは別に、大磯の入り口あたりが台風のために損壊したために工事が開始されたのですが、台風シーズン2回が過ぎた現在でも工事が終わっていません。「道路会社の中日本高速道路株式会社は、ここの工事業者とは一体どのような納期条件で契約をしているのだろうか」というのが謎です。昨今は、ここから更に大きく工事区間が延びています。僅か50m位の工事現場に対して数キロメートルにわたる工事区間が設けられるケースは、西湘バイパスに限らず、各地の高速道路でよく見かける光景です。私たち“顧客”は道路規制と速度制限を受けていて“不満度が極大化”しているのですが、道路会社が私たちを“顧客”と見ていないのですから話になりません。本来道路利用料は、使用可能な道路面積に応じて課金されるべきものですから、交通規制している面積分に応じて道路交通量を割引するのが筋だと思います。道路会社の皆さんの頭の中には民間企業には付き物の“商売”の意識なんかまるでなくて、「道路を通らせてあげているんだから、利用者が道路規制に従うのが筋」と思っておられるんでしょうね。


<民営ETC”がもたらす不格好さ>
  ETC(Electronic Toll Collection System)は道路会社から見れば「電子料金“収受”システム」ですが 、利用者にとっては「電子料金“支払い”システム」に過ぎません。そして、利用者はETC車載器を搭載する必要があるのですが、これが利用者による経費負担。代金支払い用の機器を顧客に買わせるなんて世界中にも他に事例がないのではないでしょうか。だから、全車両に対してETC車載器搭載を義務化することができず、いつまでたっても、料金所に「ETC」と「一般」が並ぶことになっているんですよ。しかも、これが西湘バイパス橘料金所のように、道を塞ぐ関所のようにデンと配置されて自動車の高速通行を阻害しているのですから、鉄道で言えば線路上に改札口が直交配置されているようなものです。ETCはICT(情報通信技術)を駆使した高度道路交通システムですが、広域道路情報通信ネットワークなのですから、「真鶴ブルーライン」運営の神奈川県道路“公”社(これも民間企業なのかなあ?)や「熱海ビーチライン」運営のグランビスタホテル&リゾートのような中小道路会社が単独で導入できるわけはありません。せめて、国土交通省または警察庁がらみの公共機関が、ETC機器を利用者に無償貸与する形にして、ETCシステムの運用を担当するようにしたら、“世界で最も高価かつ複雑なシステム”と悪評されているETCも利用者の満足度向上に役立つようになると思いますよ。なによりETCは、アンテナによる通行車両の車載器との情報交換によって、通過する有料道路ごとの料金を仕分けして精算できる“世界で最も優秀なシステム”なのですから、道路サイドの適所にアンテナポストを設けておくだけで充分。“世界で最も不格好な高速道路上の関所(料金所)”は不要になるはずですよ。


<国土のネットワーク化目指したアメリカ>
 改めて、「そもそも、こんな不格好な道路行政をしているのは日本だけなのではないのだろうか」と思って、甚だ乏しいものですが私の海外旅行記を見直してみました。まずは、2001年7月に、ゴルフ君こと水口幸治兄、テッショー師こと山本哲照兄、不渡君こと中澤秀夫兄との“旅烏カルテット”で出かけた「還暦記念カナダ・アメリカ西部ドライブ旅行」(http://h-sasaki.net/CanadaAmericaDrive3.htm)。その中の随想「道にありて道に思う」に以下のような記述がありました。
中澤がハンドルを握りながら呟いた。「日本の道路の半分の時間で行けちゃって金もかからないんだから敵わねえな。」私にはこれが、割高な自動車輸送コストに悩まされている日本企業の嘆き節のようにも聞こえた。道路事情の良いアメリカでは、高速道路でなくたって、日本では制限時速50km/Hに相当するような道路を100km/H超のスピードで走って行ける。その上に、道路通行料がかからない。現に、我々はカナダ・アメリカを9,000km近く走行したのだが、この間に払った道路通行料はゼロである。
もちろんアメリカにも、特に大都市周辺には如何にも高速道路然とした立派な装いの道路部分があります。また、ネットワーク化された道路にも、都市周辺部に速度規制されている道路部分がありました。しかし随想「道にありて道に思う」には別に「西海岸沿いの切り立った山の山腹を走る道路にさえガードレールが無いのには驚いた」という一節もあります。要するにアメリカでは、「高額仕様の高速道路の建設」ではなくて、「国土のネットワーク化のための道路ネットワーク化」を目指して、必要な既存道路の手直しや市街地整備などのために財政投資がなされていたものと思われます。


<恐ろしく安かったフランスの高速自動車道利用料>
2007年8-9月に同じ“旅烏カルテット”で出かけた時に見た「フランスの道路事情」は、「ヨーロッパ三感トリップ」http://h-sasaki.net/EuropeTrip.htmに以下のように書かれています。
フランスの高速自動車道利用料は日本に比べると恐ろしく安いようだ。高速自動車道(A)は都市近郊では無料だから単純な比較はできないが、東名高速道路の東京・名古屋間(343km)を往復すると14,200円かかるが、この日我々がパリとモン・サン・ミッシェルの間の往復走行のために支払った高速料は12ユーロ。1ユーロ162円で換算すると2,000円弱になるから日本の14%弱にしかならない。フランスにも、高速自動車の管理を委託された民間会社はあるらしいのだが、日本の道路会社のように多数の天下りを擁しながら「高速道路使用料を取ってビジネスを行う」といったコンセプトを持つことはなく、専ら徴収した高速道路使用料が道路のメインテナンスに充当されているのではないかと考えられる。また、フランスの高速道路には防護壁や街灯なども整備されておらずトンネルの数も少ない。日本における道路建設コストの高さも料金格差の一因となっているようだ。
 一方、鉄道はフランス国有鉄道(SNCF: Societe Nationale des Chemins de fer Francais)によって運営され、スイカなどの非接触式ICカード、自動改札機や切符販売の自動化などによる大幅経費削減が運賃の低下という形で利用者に還元されることがない日本の民間企業JRと違って、マーケティング・センス豊かなプロモーションを行なっているということを知りました。「ヨーロッパ三感トリップ」http://h-sasaki.net/EuropeTrip.htmの「フランスTGVvs日本新幹線」では、以下のような推論を行なっています。
TGVの場合は、鉄道事業という面では国鉄SNCFの独占となるが、陸運サービスという面では自動車関連事業者がライバルとしてTGVの前に立ちふさがることになる。例えば、パリから鉄道でモンサンミッシェルまで鉄道で行くとすると、パリ-レンヌ間のTGV一般席料金だけで片道45ユーロ、往復では90ユ-ロかかる。私達が水口のマイカーで行った際のガソリン代は往復で142ユーロ(パリ市街観光分も一部含む)と高速道路代12ユーロの計154ユーロだから1人当り38.4ユーロに当る。だから国営企業SNCFには列車離れを食い止めるための料金割引政策の展開に拍車がかかることになる。一方、新幹線の場合、パリ-レンヌ間(330キロ)とほぼ同じ距離に当る東京-名古屋間の料金が片道11,580円(1ユーロ=162円で換算すると71ユーロ)という割高料金で押し通せているのは、自動車通行をした場合でも、東名高速自動車道の東京-名古屋間の通行料だけで7,100円かかるので列車離れにドライブがかからないからなのだろう。民営企業のJRと高速自動車会社が競合しあうどころか、お互いに他の割高な料金のお陰で、悠然と共存できているというのが日本の実態なのではないだろうか。

<税金が支えるオーストラリアの「国土ネットワーク化」>
「オーストラリアの道路事情」については、このホームページ「小田原高等学校第11期生」(Web11)の「税金の使われ方」http://odako11.net/Happyou/happyou_sasaki/happyou_sasaki_45.htmlに以下のように記しています。若手のオーストラリア人から「重税だ」というクレームを聞いたことがありません。恐らく、高額所得者に対して高率の課税がなされているのでしょう。「高額仕様の高速道路の建設」さえしなければ、高額料金を利用者からの支払いに依存することなく「国土のネットワーク化」は実現できるものなのだと実感しました。 
 オーストラリアでジェイソン夫妻にブリスベンからメルボルンまでの1,700kmロングドライブに連れていってもらった時には、思わず「いいな、オーストラリアって。日本でこんなに長距離走ったら、道路交通費だけでも大変な額になっちゃう」という声が出てしまいました。これに「そりゃ私たちが高い税金を納めているからさ」とジェイソンが受けたので、「そうか、じゃ、あの交通標識もこの橋もジェイソンたちの税金でできたんだ」となり、以後は”Thank you, Jason! Thank you Jason!“が繰り返されることになりました。無料で高速走行できるのですから、道路建設の源資をなしたオーストラリア人の納税には感謝ですし、オーストラリア人自身も、自分たちの税金によって道路などのインフラが整備されたことを誇りに思っているように見受けられました。

どうも、日本の道路行政に見られる不格好さは、「道路公団の民営化」以前からあったようですね。そもそも、巨額の高額仕様の高速自動車道路を建設してから、後で利用者から得た道路使用料で帳尻を合わせようとしたところに無理があったのではないかと思います。道路と言えば、社会インフラの筆頭にあげられるものですが、その「経済活動を支える基盤」としての機能が軽視されているために、道路の直接・間接のユーザーである国民の「満足度を極大化する」ところから程遠く、QCD(Quality Cost Delivery)特性が不揃いな道路が現出するとろとなっているのではないでしょうか。先ずは、社会インフラの整備の任を負う政府が、原点を「高額仕様の高速自動車道路の建設」から「道路ネットワークの整備」に移す必要があります。「国土交通省」というと複合的な問題の解決に適した横断的な組織のように見えますが、実際は、その前身である運輸省と建設省という枠組みを残したままの縦断的組織でしかありません。省内の関係者ばかりではなく、地域経済の活性化の任に当たる通商産業省、財政出動による経済効果の予測にたけた経済企画庁、建設国債や税収などの財政財源管理にあずかる財務省などの官僚を常駐させて、「高速で通行できる道路ネットワークの整備」を総合的に検討し、そのために必要な道路改修や市街地・宅地整備への投資を企画・実施していく必要があるのではないかと思います。