ちょっと発表



思い出す旨かったもの −その1− 「布海苔(ふのり)の味噌汁」

2013.11.27   2組 下赤隆信

 パソコンのファイルのなかに「思い出す旨かったもの」というのがあるのが目に入った。
 いつだったか徒然なるままに、今まで出会った旨かったものを列記してみたもので、ただ品目を並べただけのものである。
 これを一つ一つ詳しく思い出していったら面白かろうと思った。

 どこどこのなになにというような名産品や稀少な食材ではなく、ただその時旨いなと思って心に残っているものを思い出して羅列したものだが、いまでは食べたいと思ってももはや絶対に出会うことは出来ないだろうというものもいくつかある。

 布海苔(ふのり)の味噌汁
 昭和40年代中頃のこと、日本三景宮城県は松島の背後にある山の上のお寺で、旨い味噌汁に出会ったことがある。
 松島を遠く眼下に一望する高台にある小さなお寺で、縁側の近くにかまどが据えてあって、鉄の大鍋に何かが煮えている。縁側のガラス戸に「布海苔の味噌汁です。ご自由にお召し上がり下さい」と達筆な筆文字の張り紙がしてあり、何人もの人が縁側に腰をかけて手にしたお椀のものを食べている。私も、沢山伏せてあるお椀の一つを借りて一杯よそって頂いてみた。
 いや旨い旨い。

 どろりと溶けた海藻の濃厚な旨みと磯の香り、味噌の旨味と香り、塩気に混じるかすかな甘味、そんなものが一緒くたになってめちゃくちゃに旨い。ただ旨いだけでなくて滋味溢れるものがある。

 十数人の観光客も旨い旨いと何度もお代わりをしていた。鍋の前で顔が合うと「いやあ、旨いもんですね」などとつい言葉を交わしてしまう。
 どっしりした縁側に腰をかけて遥かに名勝松島を眺めながら頂くのだから、これもまた味のうちだったのかもしれない。
 見ていると、ときどき坊さんが火の具合を見に来て薪をくべたりしている。寒い時期であり、火もまたもてなしの一つであった。
 味噌を足し、布海苔を足し、湯を足し、また布海苔を足し味噌を足しという具合に中身が途切れないようにしているのだが、それが結果的に旨い味を作っているらしかった。

 若い味噌の香りと、煮詰まって旨味になった味噌の味、同じく溶けてとろみと旨味になった布海苔の味と、溶けきらずに磯の香を発散している布海苔、まだ投入したばかりで歯ごたえを残している布海苔も少量あったりして、巧まざる美味を作りだしているようだった。
 ここが何と言う寺だったのか、なぜこんなサービスを提供していたのか定かでないが、瑞巌寺のような名のある寺ではなかったような気がする。
 ただ、かなりの観光客がいたのだから、松島を眼下に眺めるヴュ—スポットのようなところであったのかも知れないし、あるいは瑞巌寺の脇寺のようなところだったのかもしれない。  布海苔は、洗い張りなどの糊に使うものとばかり思っていたが、この地方では食用にもなっていたということを初めて知った。
 
 もっとも、それから40年ほどのちのあるとき、地元藤沢のスーパーに布海苔を売っているのを見つけた。
 買いましたとも、早速ね。味噌も、多分あれは仙台味噌だったに違いないと、これもわざわざ売り場を廻って購入し、いざ味噌汁を仕立てて煮込みに煮込んでみたが、旨くない。
 とろ味も出ず旨味も格段に落ちる。ただ磯の香だけはまあまあいただけるという程度。
 布海苔が違うのだろうか。
 買ったものは乾燥品で、水に戻して使うように書いてあり、食べ方も「酢の物」としてあって、パッケージに印刷された参考のレシピも酢の物だった。  思い出すと、かの布海苔は袋などのパッケージには入っておらず、大きな笊からつかみ出しては入れていた。採れたての生だったに違いない。檀家の漁師かなんかが持ってきてくれていたものなのだろうか。

 ときどき、若布の味噌汁が煮詰まってとろりとしているのを食べると、あの布海苔の味噌汁を思い出す。




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