ここから日本橋七福神めぐりガイドや境内掲示などにより、日本橋の七福神を紹介いたします。
先に述べたように江戸時代になって現在の形がまとまったとあるが、太田濁山人ら文人墨客が、向島の百花園を中心にして七福神を祀る社寺を作り、正月にそれを巡るようにしたことにあったというが、日本橋の七福神の特徴は先に述べた東京の七福神の中でも殆どが寺社の混合だが、寺だけの構成が谷中のみで、神社のみは千住と日本橋だけであるが、その上に日本橋は弁財天と恵比寿天がそれぞれ祀られている神社があり八社九神となっておりその分御利益が多いとされている。
巡排の順序は自由ですが私が選んだのは、これから紹介する神社の中で最も知られている水天宮からスタートすることといたします。