ちょっと発表




 魚名魚字 Part 10  ウツボの話

 久方ぶりの吉田さんのグルメレポート「ちょっとハモのような食感だが?」の題字を見て「すわっ、ストーカー魚名魚字レポーター出動の場!」と勢い込んで拝読したところ、内容はハモとは大違いと思えるウツボの話でした(http://odako11.net/Happyou/happyou_kumo/happyou_kumo_20.html)。しかも、魚名魚字シリーズ投稿者の縄張りに踏み込んで来られており、魚字は「鱓」(「魚へん」に「單」)という紹介までされているではありませんか。「單」は「単」の繁体字ですが、「魚」と「單」のように形声文字として使われる場合には「はじく」とか「一つ」とかいう意味を持つらしいのですが、ウツボのどこに「はじく」とか「一つ」といった要素があるのか分からず、吉田さんの魚字レポートをストーカーすることができませんでした。どなたか、吉田さんのグルメレポートに掲載されている生ウツボの写真を見て、「はじく」か「一つ」の要素を発見された方がおられませんか。

 さて、吉田さんの記事に「ウナギ目ウツボ亜目ウツボ科」とあったので、「あれっ、ウツボってウナギの仲間だったんだ!」と知って少々驚きました(*1)。そこでサーフィンをして(もちろんネット上で)魚名の方を調べてみると、確かに、三重県志摩ではウツボをウナギ、ウナギを川ウナギと呼びわけており、伊豆ではジャウナギと呼ばれていることが分かりました。この「ジャウナギ」は少年時代に聞いたことがありますから、小田原でもウツボがジャウナギと呼ばれることがあるのかもしれません。更にウツボという名前の由来について調べてみると、「岩の間や穴に身を隠して住むことからで、関西地方では空洞のことをウツボラということにちなむ」というウツボじゃなくてドツボにはまった説明が見つかりました。広辞苑にも「うつぼ」は「空」と書き、「岩屋や木のほら穴など、中が空であるもの」という解説がありますので、魚名の由来は先ずこれで間違いがないものと思われます。しかし、これとは別に「肩や腰に掛けて運ぶ矢を収める容器」を意味する「靫(うつぼ)」という言葉があり、細長い体が靫に似ているからウツボなのだという捨てがたい説もインターネット上に見つかりました。

 私は東芝在勤時代に、なんとしてでも“幻の魚”と称されるイシダイを釣り上げたくて、1週間の休暇をとって伊豆七島の一つの神津島に磯釣り遠征に行ったことがあります。磯釣りを経験したことがある方はご存じだと思いますが、磯釣りでは針を糸の代わりにワイヤに結んだり、岩場に竿置き用のピトンを打ち込んだりしますので、ペンチやニッパー、ハンマーなどの大工道具、そして、餌を適当な大きさに切るための包丁などといった台所用品が必携品になります。そして、伊豆などでのイシダイ釣りの餌として当時はよく使われていたサザエが神津島では棲息していないので、民宿で買い求めた活きた伊勢エビを餌に使うことになりました。さていざ、まな板に載せて切ると伊勢エビのプリプリとした身のなんと美味しそうに見えること。一瞬「これを肴に宿で一杯やっていた方が良いかな」という“邪心”が動きますが、“幻の魚”の魅力は絶ち難く高価な伊勢エビは海面めがけて投じられることになります。するとやがて待望の魚信、大きく合わせて「イシダイにしては引きが弱過ぎるな」と思いながらリールを巻き上げてきたところ、海面に浮かんでくるのがウツボだったのでガッカリ…ということが何回もありました。悪いことに、ウツボは贅沢で貴重な餌を食ってしまっただけでなく、体をよじらせてワイヤにグルグル巻きの団子状態になって釣れてくる(*2)ので、折角丹精して作ったワイヤ仕立ての仕掛けも使えなくなってしまって、それこそ踏んだり蹴ったりです。インターネット上には、「神津島でもウツボをウナギと呼ぶ」とありますが、あれはまぎれもなく「ナマダ」でした。神津島で「ナマダ憎し」の想念が私の脳内にすり込まれたのですから「神津島ではウツボはナマダ」とはっきり言い切ることができます。

 そんな神津島でのある日、出がけに民宿で手渡してくれた昼飯用の弁当のおかずの中に、いつまでたっても噛み切きれないけれど、なかなか美味な謎の物体が含まれていました。宿に帰ってから聞いてみると、なんとこれがナマダの干物でした。吉田グルメ殿は唐揚げにして食されたようですが、神津島では干物にすることが多いらしく、その後漁村のあちこちで、丸ごと開かれたナマダが並んでぶら下げられて干されている珍風景を目にすることができました。その後、伊豆大島でも干物が、それもナマダの名前で売られていたのを覚えています。ウツボの干物は千葉県館山市相浜の名物だそうですし、四国などの一部の太平洋側の地域で食されているとのことです。実際に私は、テニス仲間の川口正さんが和歌山県日高市への里帰りのお土産に持参したものを、なんとコートサイドで食させてもらったこともありますから、ウツボ食文化圏は存外広いのかもしれません。実際に、「高知県、徳島県、紀伊半島和歌山県、三重県、伊豆半島、房総半島と黒潮に張り出した場所には必ずウツボを食べる習慣がある。そして必ず作られているのが干物。」という記事がネット上にありました。吉田さんが書かれているように「骨がやたらと多い」のですが、獰猛そうでゴツイ感じの外見とは裏腹に、うっすらとピンクがかった白身なので、刺身として食べる地域もあるようです。今度機会があったら私も、ウツボ刺しにチャレンジしてみようと思いますが、吉田さんが「珍しそうな魚」と書かれている通り、特に東日本では魚市場から流通しておらず、滅多に魚屋さんの店頭に並ぶシロモノではありませんので、「再び伊豆七島を訪れた際には」ということになりそうです。

 ウツボは、如何にも噛みつきそうな形相をしていて、「食いついたら放さない」と称されるほどの鋭い歯をもっているところから「海のギャング」と恐れられています。しかし、恐ろしげな外観とは裏腹に、意外とおとなしい魚で、不用意に棲み家に手を差し入れたりしてこちらから危害を加えない限り人間を襲ってくることはないそうです。ウツボがギャングぶりを発揮するのは、大好物のタコに対するときであり、噛みついたらタコの足がちぎれるまで絶対に離さないのだとか。タコにとってはウツボが天敵ということになりますが、タコがタコ壺で獲れることから分かるように、同じく「うつぼ」(岩のほら穴)に入りこむ習性があるため、「うつぼ」でウツボと鉢合わせして攻撃される機会が多くなるのだと思います。因みに、タコが吐くスミは、てっきり敵の“目くらまし”のために使われるものだと思っていたのですが、実は“匂い消し”に使われているのだそうです。ウツボにかまれたタコの傷口からはウツボの大好きな匂いが流れ出てくるので、一度噛みつかれた運の尽き。いくら逃げても追いかけてこられるので、スミをウツボめがけて噴出する事によって、ウツボの嗅覚を攪乱させるのだそうです。タコの足は再生しますから足の1本や2本ウツボに“タコ足配当”しても大丈夫なのですが、再生することができない命を守るために、スミを吹きかけてウツボに必死の“鼻くらまし”をしているわけだったわけですね。

 吉田さんは「食感はハモのよう」と書かれていますが、ハモもウツボと同じウナギ目のハモ科で、骨が多くて歯が鋭いところもウツボはハモと同じですが、食べてみてウツボがハモに似ていると言い当てることができるのは食通ならではのことだと思います。しかし、「ウナギの遠縁に当たるなら、もう少し美味くても良いと思うのだが」というのは少々言い過ぎなのではないでしょうか。干物、刺身の他に、和歌山県では「揚げ煮」、高知県では「たたき」という食べ方がされるようですが、「唐揚げ」というのは吉田さんオリジナルであり、吉田さんオンリーのようです。ウナギだって「唐揚げ」にしたら「美味いとは思えなかった」ということになると思いますよ。但し、これも同じウナギ目のアナゴは天ぷらダネにもされていますね。シロギス釣りをしていると、外道として釣れてくるのですが、ウツボと違って優しい目つきをしています。また、ときたま外見はアナゴと似ていますが人相ならぬ魚相が険しくて歯が鋭いウミヘビが釣れてくることもあります。アナゴは、20分間程やり取りをして、40cm近くの大アナゴを、シロギス釣り用の細いハリスで釣り上げたことがありますが、あの時も最後は“ウナギさながらの姿”を見せながら釣れあがってきました。ところが、ウミヘビは小さなヤツでも必ず、“ウツボさながら”に、ハリスに巻きついて「グルグル巻きの団子状態になって釣れてくる(*2)」のでアナゴとの違いはすぐに分かります。こんなことから、「アナゴはウナギの仲間、ウツボはウミヘビの仲間」と思い込んでいたので「あれっ、ウツボってウナギの仲間だったんだ!」と知って驚いた(*1)のでした。そう言えば、アナゴの魚字は「穴子」で、魚名は「砂泥地の“穴”にもぐり込んでいる」ことに由来しているのですから、アナゴは「岩のほら“穴”」に潜むウツボと“同じ穴のムジナ”じゃなくて“同じ穴のウナギ”だったわけです。いやはや今回もストーカー・レポートをさせていただいたお陰で色々と“目から鱗”を楽しむことができました。