今年は春から・・・ Home



                               2012.02.04 6組 榮 憲道

◇元朝の鎮守の古社の賑わいは去年の厄災吹き払うべく
 2012年はおだやかに明けた。昨年3月の東日本大震災で暗黒の闇に包まれた日本列島に、希望の光を灯す年である。

箱根路はわが故郷ぞ若人が想い出揺らし坂登り行く
 大学駅伝のTVにかじりついていると今春の初電話。仙台の妻の母方の生家からである。大地震で土台が大きくズレて、全壊と判定された母家を取り壊し新築するという。従弟のいつもと変わらぬ元気な声に一安心・・・。

◇復興の槌音高く響かせよ東北の春東北の里       
 8日には妻と共に新幹線ひかりで小田原に出て、箱根登山鉄道で箱根湯本に向かった。私の生家である善榮寺(小田原市栢山)の隣で、保育園を運営する弟の跡取り息子の婚礼である。園の関係者や友人たちが多く集まり大盛会であったが、花嫁は福島県いわき市の育ち、昨年4月予定の挙式が震災の影響で延びたためである。

◇四年余の一筋の愛貫きてこの日冠たる君に乾杯!
 傘寿の義兄を筆頭に7人の兄弟姉妹と連れ合いが顔を揃え、息災ぶりを確認し合った。

◇華やげる宴の席に歳古るはらから揃い久闊を叙す
 夕刻、4時間近い宴も大団円。その後、小田原高校同期の吉田明夫君とロビーで落ち合い、喫茶室で歓談する。彼は昨年スタートしたホームページ『11期4・6組HP』の管理者であり、メールを通して親しくなったが、たまたま彼の住居が式場のホテルのすぐ近くと知り、顔合わせを約束していた。噂の通り、白髯を悠然と蓄えた村夫子であった。

◇早川の瀬音さやぐる湯の宿に青春の日日友と語らう
 翌日も快晴、ゆっくり朝食を済ませ、チェックアウトしようとロビーに出ると新婦の両親と鉢合わせ。私共と同じ転勤族と知り、しばらく語り合った。

◇初春に若者駆けし箱根路をゆるる歩まん陽だまりのなか
 
早川の清流沿いの小径を逍遥、駅前商店街に戻ってバスで小田原に出る。成人式で若者たちがたむろする市民会館前で降り、小田原城に向かった。

◇早雲が覇唱えたる城の辺に妻と憩いぬ若き日のごと
 そして22日は私の71歳の誕生日。大好物の寿司を取り寄せ、2年前から同居している娘婿からの美味しい焼酎で乾杯する。七十代の第一歩は何とか元気に踏み出せた感じだ。

◇エアケイなるビッグショットに磨きかけ錦織(にしこり)圭は世界に羽ばたく
 全豪オープンテニスにベスト8に進んだ、彼の快進撃に一喜一憂していると、茨城の息子から電話がきた。新年は長野の嫁の里で過ごしており、今年はまだ我が家に顔を見せていない。

◇なななんと!五年も措いて子授かる四十路(よそじ)の息の声弾みおり
 昨年11月に初孫である良磨の七五三のお祝いに行ってきたばかりで、まさかこんな展開は全くの想定外。予定は9月初旬とのことで、その《お産の助っ人》要請に、「お父さんが頼りよ」、常ならぬ妻の言葉・・・、「頑張らなくっちゃ!?」
                                             (完)
                                      

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