先生は自分でじぶんのあだ名をいった ぼくだったら先生はねずみみたいな顔をしていると思う ぼくはよしこ先生とめっちゃ(注)をしたことがある 先生はボールを投げるときねこみたいだ】 (彼女が受け持った最初のクラスの文集から抜粋)
K短大を卒業したよしこちゃんは、地元の小田原のA小学校の三年担任となった。私はそのとき大学三年生――。
私が家庭教師をしていた家と学校とは近い。ときたま帰宅途中の彼女とばったり会ってしまうことがあった。そんなとき、「急用ができたから」と電話してデートを優先してしまうタチの悪さを発揮した。
彼女のあだ名は“がちゃこ”という。小学校時代、高音の多い女生徒のなかで、一段声が低くて目立つ。それが“がちゃ、がちゃ”、変じて“がちゃこ”となった。子供心に妙にその声音が魅惑的だったのである。
教師は彼女の天職だったのかもしれない。当初、《若すぎる、頼りない、お嬢さん先生》と危ぶんだお母さん方の評価は、次第に信頼に変わっていった。
そして、子供たちには、
【先生大すき でもおしゃれをしすぎる それにきゅう食のとき好ききらいをするそれなのに先生はみんなの人気者】
二年経ち、クラス替えとともに彼女の担任も代わった。
【先生は童話、紙しばい、小さい時の話をしてくれた 勉強のほうもよく教えてくれた 先生はみんなから好かれている つまらなくてつまらなくてどうしようかと思うくらいだ あと少し先生と楽しく勉強したり遊んだりしたい】
・・・その永い交際は結果的に無為に終わったわけであるが、地元で教職に専念した彼女に比べ、大学を出て東京で就職、大阪・名古屋と移り住んだ私のような転勤族には、所詮無理な相手であり結婚話だった、と今では思われる。
その後の彼女の噂はあまり知らないが、さらに磨きがかかって素晴らしい先生になり、多くの子供たちに夢と希望を与え続けたことであろう。そして今は、きっとおだやかな老後を迎えて、私たちと同じように夫婦水入らずの生活を満喫しているのではなかろうか。
「そんなに未練があるんなら、会いに行ったら」
妻は平然としている。絶対に行くことはないとの確信があるからであろう。事実その通り、ただ当時を偲ぶだけで十分満足している私である。
(注)ゴムボールでのドッジボール遊び
(完) |